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第一話 「役立たずの黒魔導士」



「単刀直入に言おう。ヴィクトル、君はクビだ」


 王都一番の高級宿、その一室に、勇者アルヴィンの自信満々な声が響いた。


 テーブルを囲んでいるのは、我らが『暁の剣』のメンバーたち。

 聖女、剣聖、そして勇者。

 若くしてSランクに到達し、飛ぶ鳥を落とす勢いの英雄たちだ。


 対して俺は、部屋の隅で紅茶を飲んでいるだけの、しがない黒魔導士である。


「……クビ、か。理由は?」


 俺はカップをソーサーに置き、淡々と尋ねた。

 取り乱したりはしない。ここ数ヶ月、彼らの視線が冷たかったことには気づいていたからだ。


「理由? そんなの決まってるじゃないか!」


 聖女マリアが、生理的な嫌悪感を隠そうともせずに叫ぶ。


「ヴィクトルさんの魔法、地味で気持ち悪いんです! 戦闘中、ブツブツと呪文を唱えてるだけで、派手な爆発も起きないし、回復もしてくれない。ただ突っ立ってるだけじゃないですか!」


「そうだそうだ! 俺たちが命がけでドラゴンと戦ってる時に、お前は後ろで見てるだけだろ? 正直、お前の分の報酬を割くのが馬鹿らしくなってきたんだよ」


 剣聖の男も鼻で笑う。


 俺は小さく溜息をついた。


「俺は見ていただけじゃない。敵に対して常時、弱体化デバフを掛けていた。敵の攻撃力を下げ、防御力を下げ、素早さを奪う。それが俺の役割だ」


「はっ! またそれかよ!」


 勇者アルヴィンがテーブルを叩く。


「いいかヴィクトル。俺たちが強いのは、俺たちの才能が凄いからだ。お前の『デバフ』なんて地味な魔法のおかげなんかじゃない。現に、先日のアークデーモンだって、俺の剣一振りで沈んだだろう?」


「……あれは、俺がアークデーモンの物理耐性と防御力を極限までゼロに下げていたからだ。本来なら、お前の剣でも傷一つ付かない相手だぞ」


「嘘をつくな! 俺の聖剣の力を侮辱する気か!?」


 ダメだ、話が通じない。


 俺、ヴィクトル・アークライトの固有スキルは『絶対浸食アブソリュート・カース』。

 対象の全ステータスを強制的に『0』または『1』に固定するという、神すら冒涜する凶悪なデバフだ。


 だが、この効果は目に見えない。

 敵が急に動きを止め、紙のように脆くなる現象を、彼らは「自分たちが強すぎるから、敵が弱く感じるのだ」と勘違いし続けてきた。


(……合理的じゃないな)


 これ以上、説明しても無駄だろう。

 彼らは自身の強さに酔いしれている。俺という「不純物」を排除したくてたまらないのだ。


「分かった。パーティを抜けよう」


 俺は立ち上がり、荷物をまとめる。


「せいぜい達者でな。……忠告しておくが、明日からはスライム相手でも油断しない方がいい」


「ははは! 負け惜しみか? スライムごとき、鼻息だけで倒せるさ!」

「さっさと出てってください! 空気が淀みますから!」


 嘲笑と罵声を背に、俺は部屋を出た。


 扉が閉まる瞬間、彼らの運命が確定した。

 俺の『絶対浸食』の効果範囲外に出た瞬間、彼らはただの「ちょっと剣が得意な若者」に戻る。

 Sランク指定の魔物が跋扈するこの世界で、それが何を意味するか……想像するのも恐ろしい。


 ま、俺にはもう関係ないことだが。


   ◇


 王都を追放された俺は、あてもなく北の森を歩いていた。


 ここは『奈落の森』と呼ばれる危険地帯だ。

 本来ならAランク以上の冒険者でなければ即死する場所だが、俺にとっては庭のようなものだ。


「グルルルルッ!!」


 茂みから、全長5メートルはある凶暴なベアウルフが飛び出してくる。

 鋼鉄の毛皮と、岩をも噛み砕く牙を持つ怪物だ。


「……邪魔だ」


 俺は歩みを止めず、視線だけでベアウルフを射抜く。


――『脱力ウィーク』『軟化ソフト』『遅延スロウ


 瞬間。

 空中でベアウルフの動きがピタリと止まった。

 いや、止まったのではない。重力に逆らえないほど筋力が低下し、地面にボトッと落ちたのだ。

 鋼鉄の毛皮は濡れたティッシュのように柔らかくなり、鋭い爪はゴムのようにフニャフニャに萎えている。


「キャン……」


 ベアウルフは怯えた子犬のような声を漏らし、脱兎のごとく逃げ出した。

 全ステータスがスライム以下にされた恐怖は、野生の本能に深く刻まれただろう。


「ふぅ……静かになったな」


 やはり、一人旅は気楽でいい。

 誰にも「気持ち悪い」と言われないし、自分のペースで歩ける。


 そう思っていた、その時だった。


 森の奥、腐葉土の上に、”それ”は捨てられていた。


「……子供?」


 ボロボロの布切れを纏った、小さな少女。

 透き通るような銀髪は泥にまみれ、細い手足には無数の傷跡がある。

 ピクリとも動かない。死んでいるのか?


 俺は近づき、彼女の首筋に指を当てる。

 ……微かに、本当に微かにだが、脈がある。


 だが、手遅れに近い。

 生命力が尽きかけている上に、この森の瘴気に当てられている。


(貴族の……私生児か何かか?)


 身につけている布切れの質は悪くない。

 権力争いに巻き込まれ、こんな魔物の森に捨てられたのだろう。

 俺と同じ、「不要」と断じられた存在。


「……合理的ではないな」


 俺は呟き、少女の額に手をかざした。


 見捨てる理由はいくらでもある。

 だが、俺はこの時、気まぐれを起こしていた。

 自分を追い出したあの馬鹿な勇者たちへの当てつけか、それとも、ただの同情か。


「起きろ。死ぬにはまだ早すぎる」


 俺はデバフを反転応用した、独自の術式を展開する。

『死への進行』を遅延させ、『苦痛』を無効化し、『生命力の低下』を強制停止させる。


「う……ん……」


 少女の長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開いた。

 そこにあったのは、宝石のように美しい、しかしすべてを諦めきった虚無の瞳だった。


「……あく、ま?」


 掠れた声で、彼女は俺を見た。

 黒いローブを纏い、森の中で佇む俺は、確かに死神か悪魔に見えるだろう。


 俺は少し考えてから、ニヤリと笑って答えた。


「ああ、そうだ。通りすがりの悪い魔法使いだ」

読んでいただきありがとうございます!

「続きが気になる!」「ざまぁ楽しみ!」と思っていただけたら、

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