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巨体の竜を目の前ににして怖さはあった。

だが、それ以上にヘーゼルは初めてこんな近くで竜を見たという、感動のほうが強かった。


「お嬢さん!そのまま動かないでっ!」


赤髪の騎士も慌てて駆け寄ってくる。


次の瞬間……


赤い竜が「ギャウッ」と優しく鳴いて、ヘーゼルの肩に優しく鼻先をすり寄せた。


「「「え……?」」」


もちろんヘーゼルもビックリしたが、ヘーゼル以上にこちらに走ってきていた竜騎士二人が立ち止まって、これ以上ないというほど目を見開いてびっくりしている。


さらに、黄色の竜も赤い竜の後ろからトコトコ歩いてきて、ヘーゼルの手に鼻先を近づけてトントンとなにかを知らせるように触れた。


「「ええええええっっ!!!????」」


ヘーゼルよりも、もっと驚く騎士に視線を送ると、二人の騎士は顔を見合わせている。


ヘーゼルは、今まさに、二匹の竜に挟まれていた。

こんなに近くで竜を見る日が来るなんて、夢にも思わなかった。


(すごい!こんな近くで……眼福すぎるわ!)


と、ただただ、感動していた。


竜騎士たちは、竜の性格をよく理解している。

彼らのパートナーでない人間に対して、竜がここまで穏やかに接するなど、ほとんどない。

そんな振る舞いをするのは、せいぜい団長に対してくらいだ。


もっとも、それだって団長のパートナーが竜王だからこそ竜たちが団長に敬意を示している。と、皆は思っている。

竜とほぼ毎日一緒にいる世話係のヤンさんですら、竜にここまで懐かれたことはないはずだ。


「いったい、このお嬢さんは何者なんだ……?」


そんな困惑の声が、騎士たちの表情にそのまま表れていた。


「どういうことだ……?」


「これは一体……どういう状況なのでしょうか……?」


二人の騎士は、信じられないものを見るようにヘーゼルを見つめていた。


「あ……もしかしたら……」


ヘーゼルには、この不思議な状況に、ひとつだけ心当たりがあった。


持っていたかごの中から、竜が好んで食べる薬草、ヘーゼルがずっと『おやつ』だと思い込んでいたものを一房取り出し、ゆっくりと黄色の竜に差し出す。


「怪我をしているのよね……。さっき摘んだばかりだから、新鮮だと思うわ。どうぞ、食べて」


できる限り竜を刺激しないよう、小さな声で優しく語りかけ、竜に向かってほほ笑む。


黄色の竜は鼻先を動かし、スンスンと匂いを嗅ぐと、やがて口を開けてその薬草をひとくち、またひとくちと食べ始めた。


「なっっっ……!!」


赤髪の騎士が大声を上げた。驚きのあまり、目をむいている。

黒髪の騎士も何かを言おうとして口をパクパク動かしているが、言葉が出てこないらしい。


黄色の竜は、まだ足りないとでも言いたげに、ヘーゼルの持っていたかごに鼻先を寄せてきた。


「え、あの……ごめんなさい、もう持ってないの……竜騎士様。この子、薬草をもっと食べたいみたいです。私のかごの中にはもう残っていないので、あちらの薬草が生えている場所に、連れて行ってあげてはどうでしょうか……?」


そう言ってヘーゼルが薬草の方角を指さすと、黄色の竜も振り返り、まるで『連れて行って』とでも言うように、赤髪の騎士を見つめた。


「え?ええ……そうですね……。ジル、あっちにもっとあるようだから、行こう……」


ジルと呼ばれた黄色の竜は、素直にその言葉を受け取り、体の向きを変えてトコトコと騎士のもとへ歩いていった。


赤い竜はまだヘーゼルの肩に鼻を寄せていたが、ジルが動いたのを見て、『自分もそろそろ行くか』と思ったのか、「ギャウ」とひと鳴きし、名残惜しそうにヘーゼルから離れていった。


(ああ……ああ、なんて……素晴らしい経験だったのかしら、夢みたいな時間だった……。ちょっと死ぬかと思ったけど……やっぱり竜って、聞いていた通り本当に頭がいいのね。竜騎士様の言葉も理解しているし、なんて可愛くてカッコイイの……!)


ヘーゼルの胸は、いまだ高鳴ったままだった。


竜は、自らの意思で竜騎士とともに人間を守っている。

もちろん、竜騎士の力があってこそだが、竜を無理やり従わせているわけではない。

竜騎士は竜の意思を尊重し、それを手助けするように、ともに戦っているのだと聞いた。


そのおかげで、私たちは安心して暮らすことができている。

この国に、竜と竜騎士に感謝していない者など、いないだろう。


ヘーゼルは、竜がときおりこの湖を水場として訪れることを、昔からこっそり楽しみにしていた。


いつか、ほんの少しでいいから近くで竜を見てみたい。そう憧れ続けてきたその存在が、いま、目の前にいたのだ。


去っていく竜の背中を、熱を宿したまなざしで見送りながら、ヘーゼルは夢のようなひとときを胸に、幸せな気分に浸っていた。


「えーっと……お嬢さん?見たところ、あっちの柵の中で何かしていたようだけど……」


黒髪の騎士が、戸惑いを含んだ声でヘーゼルに話しかけてくる。


「あっ、申し訳ございません、名乗りもせずに……。決して怪しい者ではありません。私は、ガゼット領の領主、ダンカン・ガゼットの娘、ヘーゼルと申します。あちらの薬草園を管理しております」


柵で囲まれた薬草園に視線を移す。


「薬草園?……ここの領主の娘さん……!?」


「はい。今日はたまたま用事があって薬草を採りに来ていたのですが……意図したことではないとはいえ、竜と竜騎士様の邪魔をしてしまい……本当に申し訳ありませんでした!」


そう言って、ヘーゼルは黒髪の騎士に深く頭を下げた。


「いや……こちらこそ。突然押しかけてしまって悪かった。竜に……驚かせたよな。いや、正直、驚いたのはこっちの方なんだが……とにかく、いろいろと申し訳なかった」


「いいえっ!竜騎士様、こちらこそ憧れの竜を間近で拝見できて……本当に光栄でした。……これ以上ご迷惑になってはいけませんし、私はこれで失礼いたします。本当にありがとうございました!」


そう言って礼を言い、ヘーゼルは深々と頭を下げると、小走りでその場を離れていった。


黒髪の竜騎士デルダは、ヘーゼルの後ろ姿を不思議そうな表情で見送った。


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