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夜風が、マーカスの邸の庭園をひんやりと撫でていく。

朧月に照らされた刃が空を引き裂くたび、鋼の音が静寂に鋭い輪郭を刻む。


剣を振るう男の背後に一人、影のように佇む人物がいた。


マキュベリー侯爵のカールだ。

その顔は、月光を受けてどこか冷たく光っている。


「ほう、魔物避けとな?」


マーカスは刀を止め、濁った夜空を睨みつけるようにゆっくりと首を振った。その声は低く、しかし何かを嗜むような余裕があった。


「はい、出来上がったようです……」


「あの、鬱陶しいリカルド公爵家の次男の弟子か」


マーカスの唇が軽く歪む。

蔑みを込めた呼び方が、庭の空気をさらに冷やす。


「はい、開発者はヘーゼル・ガゼットです」


カールは、さも当然のように応える。

だがその口調には、単なる報告以上の含みがある。


「ふん、女のくせに小癪な……して、それに対抗する施策はあるのか?」


マーカスは冷笑を漏らし、剣を逆手に持ち替えて地に突き立てる。金属が石畳に当たる乾いた音が、彼の言葉を増幅させる。


「申し訳ございません。急だったので、まだありませんが……」


「……ふむ。まあ、仕方ないな……魔物が嫌がる香りというだけで、魔物がやられるわけではないからな……もちろん、今後はそれにも対応してもらうが……」


マーカスの声は淡々としているが、その一言一言に冷たい計算が滲む。

彼にとって魔物避けが「効く・効かない」は関係なく、次の手の材料に過ぎないのだ。


「はい……。ですが花祭りは予定通り、魔物の大群が押し寄せるように順調に取り計らっております。ご心配なく……」


「うむ、とりあえず、そこをしっかりな。確実に王太子を亡き者に……」


「かしこまりました」


カールは深々と頭を下げる。

やがてマーカスは、模擬刀を再び振りかぶると、風を断つように一振りする。刃先が描いた弧は、月明かりに鈍く光って消えた。


「……ああ、それと。オマエは運がいいぞ。その、生意気な女とともに、花祭りにアクオス・メレドーラが来るらしい」


言い捨てるように付け加えると、マーカスは不意に笑った。

その笑みは人を安心させるものではなく、これから起こる痛みを楽しむ者のそれだった。


ブンっ!!模擬刀が空気を切る。


「ほう……それは、朗報ですね……」


カールは顔を上げてにやりと笑う。


「魔物の数を増やせ。あいつも一緒にとなると今の倍の数でも足りないぐらいだ」


「そうですね……もう少し強力な魔物も必要になりそうですな……」


カールの声は低く嬉々としている。まるで実験の成功を待つ研究者のように冷静だが、その視線は獲物の恐怖を予期して輝いていた。


「アクオスは竜騎士団団長だからな。しかし、今回は一人のはずだ。竜騎士団の応援が来るまで、一人で王太子殿下とその女を守りながら戦わねばならん……くくっ!いくら竜騎士団団長といえど、さすがに二人を同時に守るのは無理だろうな……」


マーカスは腹の底から愉快に笑い、夜風がその笑いを遠くへ運んだ。

彼らにとってこれは、ただの策略ではなく、勝敗と楽しみを兼ねた遊戯なのだ。


「マーカス様の言うとおりですね。……ただ、殿下はお忍びとは言え、騎士団から護衛はつくでしょう……しかし、所詮はただの騎士団。魔物の前では赤子の手をひねるようなもの。これは……楽しみになってきました……」


「頼んだぞ、カール。失敗は許されぬ」


「はい、お任せを……」


カールは再び深く頭を下げた。その動作の端々に、確信と冷徹な喜びが潜んでいる。


庭園の片隅で、月が静かに欠けていく。

刃の音が遠ざかると、空気に漂うのは、計画の残り香のようなものだった。

暗躍する者たちの影は、花祭りの華やぎを食い破る牙を研いでいた。

今回は短めのお話なので二話投稿します。

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