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カイロスは騎士団に戻るとすぐに指示を出し、数人の騎士たちとマキュベリー侯爵家へ向かった。

玄関前で立ちふさがる、やたら顔のいい執事とカイロスは互いに睨み合う。


「お約束のない方には、お嬢様はお会いになりません」


「ほう、こっちは騎士団として来ているんだ。門前払いができると思うなよ」


押し問答を続けるカイロス。

だが、そもそも令嬢がすんなり出てくるとは思っていない。


「ほ、本日は侯爵様も不在ですので、後日改めて……」


「残念だな。お前ごときが、俺に指図することはできん」


「いくぞ」


緊張の面持ちで立っていた執事の横を、カイロスは躊躇なくすり抜けて建物内へ踏み込む。


「お待ちくださいっ!」


後ろから執事の慌てた声が響くが、カイロスは無視する。


そのとき、螺旋階段の上から現れたのはマキュベリー侯爵夫人、アイーダだった。カイロスが上に視線を向けると、アイーダはゆっくりと手すりに手を置き、階段を下りてくる。


「……マキュベリー侯爵夫人」


カイロスはその場で軽く頭を下げ、礼を取る。

アイーダは階段の途中で立ち止まり、カイロスの態度に先ほどよりも機嫌よく微笑みながらカイロスを見下ろす。


「ごきげんよう、カイロス様。いきなりお見えになって、娘のマーガレットにお会いになりたいなどと……まさか、婚約を申し込みに来たのかしら?」


「冗談を。マーガレット嬢に、騎士団として話を聞きに来た」


「あら、それは残念ですこと……マーガレットは二日前から領地へ向かっておりますの。この邸内にはおりませんのよ」


真紅の口紅を引いた唇が、光を受けて艶やかに輝く。

その口から、「娘はいない」と、何の迷いもなく言い切られた。


だが、カイロスはもちろん愚かではない。

昨日、王都で人気の高いカフェにて、マーガレットが、先ほど邸前で足止めをしてきたあの見栄えの良い執事と連れ立ち、和やかに茶を楽しんでいた。

その目撃証言は、すでに彼の元に届いている。


カイロスは口調を崩さぬまま、相手の目をまっすぐに見据えた。


「そうか……それは少し不思議だな」


わずかに間を置いて、淡々と続ける。


「先ほど、街を巡回していた騎士から報告があった。昨日、マーガレット嬢が、今しがた邸の前にいたその執事と二人で、王都のカフェにいたという目撃証言がある」


柔らかな声色とは裏腹に、逃げ場のない言葉だった。


「……まあ。あの子がラウとカフェに?……それは見間違いではなくて?あの年頃のご令嬢は流行に敏感ですから、似た装いをしている娘は珍しくありませんわ……残念ですが、うちの娘は二日前から領地におりますの」


「……そうか。では、その『領地』とはどこの領地だ?」


「え……?も、もちろん我がマキュベリー家の領地ですわ」


「だから、どの街にある領地かと聞いている」


「そ、それは……そう、アマーディアにある領地ですわ」


「なるほど。アマーディアか……」


カイロスは口元をゆがめ、不敵な笑みを浮かべると横に控える騎士に声をかけた。


「……おい、例のものを」


差し出されたのは、分厚い束になった通行記録の控えだった。


「侯爵夫人、知っているか?最近は魔物の出現も増えてな……。この十日ほど前から、王太子殿下の命で、王都から出入りする者は必ず通行書に名を記す決まりになっている。アマーディアへ向かうなら、第三詰所を必ず通るはず。その記録に、マーガレット嬢の名前があるはずだが……」


パラパラと書類を繰り、二日前の記録を開いたカイロスは、顔を上げて、先ほどより青い顔をした侯爵夫人に、にやりと笑った。


「……おかしいな。どこを探してもマーガレット嬢の名が見当たらない。……侯爵夫人、領地を言い間違えたんじゃないか?」


「なっ……!カイロス様、不躾に我が侯爵邸へ押しかけてきて、何を言い出すのかと思えば……。そもそも、なぜマーガレットが騎士団から尋問を受けねばならないのです?理由ぐらいお話になったらいかが?」


先ほどまでの余裕ある笑みは消え失せ、アイーダの顔は蒼白になり、声は強張っていた。


「理由か……?マーガレット嬢はすでに大人だ。理由は本人に直接聞いてもらう。……で、彼女の部屋はどこだ?」


「……いいえ。これ以上、先には行かせませんわ」


「それは困ったな。……俺たちは、必要とあれば強制的に連行する権限もあるが……」


アイーダとカイロスが火花を散らすように睨み合った、その時だった。


「こんばんは、カイロス様。我が家にいったい何の御用ですかな?」


低く響く声に振り向くと、そこには恰幅のいい体格のマキュベリー侯爵が立っていた。


「……マキュベリー侯爵か。ちょうどいい……実は、マーガレット嬢に聞きたいことがあってな、夫人に面会を求めたのだが……夫人は『ご令嬢はアマーディアの領地へ行った』と。だが、通行書にその記録がない。と、なれば、騎士団としては所在を確認せざるを得ない。そう、説明をしていたところだ」


「……ほう……アイーダ。マーガレットが領地に出かけていたとは、私も初耳だな。それは勘違いではないのか?」


「なっ!あなた……!」


「とにかく、こんなホールの真ん中で言い争うのは体裁が悪い。おい、騎士団の方々を客間に案内しろ!」


侯爵は有無を言わせぬ口調で使用人に命じた。


「……カイロス様、マーガレットの件は妻の勘違いだろう。すぐに娘を呼ばせる。お部屋でお待ちいただけますかな?」


「……ああ、それで構わない」


(腐っても侯爵だな。この状況が侯爵家にとって、まずい状況なのを瞬時に理解したか……)


やがて、扉が叩かれる音が響いた。


使用人が扉を押し開けると、そこに立っていたのは、目を真っ赤に腫らし、うつむきがちに俯いたマーガレット嬢だった。

彼女を支えるように侯爵がその横に立ち、片手を軽く添えながら部屋へと導いた。


侯爵の足取りは堂々としているが、その顔にはかすかな翳りが宿っている。視線をカイロスに向けると、大げさに深々とため息をつき、言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。


「……カイロス様、申し訳ない。どうやら領地に出かけたというのは、妻の思い違いであったようだ。余計なお手間を取らせてしまったこと、まずはお詫びする」


一拍置き、侯爵は傍らの娘にちらりと目をやる。その仕草には、父としての庇護と同時に、何か言い含めるような圧も感じられる。


「……それに、娘はまだ若く、こうした場に慣れてはおらぬ。無礼や取り乱しもあるかもしれない。父である私も同席し、説明を補わせていただきたいのだが……いかがかな?」


侯爵の声音は丁寧でありながら、断ることを許さぬ重みを含んでいた。


「……余計な言葉を慎んでくれれば、同席も許可しよう」


侯爵は一同を見渡し、ゆっくりと腰を下ろすと、深いため息をついた。


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