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救い出されたヘーゼルは、アクオスの腕に支えられたままブラッドの背へと乗せられていた。

迎えに飛んできた竜王の背に、迷うことなくヘーゼルを抱えたまま飛び乗ったアクオス。


その光景は、竜王がアクオス以外を乗せるなど想像すらしなかった団員たちを大きく驚かせたが、誰一人、口を開く者はいなかった。


「イーライっ!今日は戻らない。後は任せた!」


初めて耳にする命令にイーライは一瞬目を見張ったが、すぐに「承知しました!」と力強く応じる。


ヘーゼルはまだ、恐怖と衝撃から抜け出せず声ひとつ発していない。

アクオスが切り落とした手の縄はすでに消えたはずなのに、震える手はまだ縛られているかのように両手でアクオスの軍服を強く握りしめていた。

開ききった瞳孔のまま小さく震え続ける姿が痛々しく、アクオスはその肩を抱き寄せると一刻も早くメレドーラの屋敷に着くようブラッドの速度を上げた。



「「ヘーゼルさん!」」


ブラッドの背から着地すると同時に、アクオスは抱えたままのヘーゼルをしっかり支え、迷うことなく邸内へ入っていく。

邸で待機していたラグーナとシャナがアクオスの元へと駆け寄った。


「ヘーゼルさんに怪我は!?」


ラグーナがアクオスの腕の中でぐったりしているヘーゼルに手を伸ばし、頬にかかった髪を優しく払う。


「竜に乗ったとたん、意識を失った。多分眠っているだけだと思うが……母上、すぐに医者を手配してください」


アクオスは言葉を告げると同時に、まっすぐヘーゼルの部屋へ向かって歩き出す。

その後ろを、ラグーナとシャナが心配そうに追い、邸内には緊張と安堵が入り混じった空気が漂った。




「……極度の緊張による一過性の昏睡でしょう。命に関わるような問題はありません」


そう前置きしてから、医師はヘーゼルの様子をもう一度慎重に確かめる。


「ただし、目を覚ました後、異常な言動や過度な興奮が見られた場合には、すぐに私をお呼びください」


その言葉に、周囲の空気がわずかに緩んだ。


早馬で呼び出され、メレドーラ家の従者に半ば強引に馬へ乗せられてきた医師は、屋敷へ到着するや否や診察に当たり、今ようやく一息ついたところだった。


診察を終えた医師は、道具を片づけながらそう告げると、静かに一礼した。


「先生、駆けつけていただき、ありがとうございました」


ラグーナも丁寧に礼をして医師を見送るために、部屋を出ていった。

部屋から医師が出ていくのを確認し、サキレスがヘーゼルのベットの横に陣取るアクオスにそっと伝える。


「アクオス、こんな時だが……外にカイロスが来ている……」


「ああ……だが……」


珍しく言い淀むアクオスに、シャナが静かに声をかけた。


「アクオス、ヘーゼルさんは私が見ておくわ。カイロスと話をしてきて」


シャナは優しくアクオスの肩に手を添えた。


「…………」


アクオスは、ベッドで眠るヘーゼルに視線を落とすと静かに部屋を出て行った。

廊下の向こうではカイロスが壁にもたれている。

その顔には怒りが滲んでいる。


「……それで、これもあいつらの仕業なのか?」とカイロス。


「正直、はっきりとはわからない。ヘーゼル嬢が確かにマキュベリー侯爵令嬢の名を挙げてはいたが……」


アクオスは無意識に扉の方へ視線をやる。


「娘と侯爵が結託して二人でやったんじゃないのか?」


「いや、あの場で魔物を呼び込むのは、娘自身も危険だ。それを計算できない侯爵だとは思えない……」


「だが、魔物はヘーゼル嬢を狙ってきただろう?」


カイロスが鋭く問いかける。

アクオスは短く息を吐き、視線を落とす。


「……確かに、狙われていた可能性はある。だが、あの状況は……単に一番近くにいた『餌』に反応しただけ、という方が筋は通るだろう」


「……しかしなあ……」


カイロスはわずかに眉を寄せ、低く言葉を返す。


「ヘーゼル嬢の魔物避けが完成したのは、昨日、今日のことだ。もし奴らがそれを知っていて狙ったのなら話は別だ。狙われても不思議ではない」


アクオスはまた無意識に扉の方へ視線を向けた。

そこに眠る女性の存在がアクオスの心を乱しているのは明らかだった。


「……アクオス、大丈夫か?」


「……ああ、大丈夫だ」


「そうか……ならいい」


カイロスのその言葉には弟を思う温度が含まれている。


カイロスから見れば、いつもの冷静沈着なアクオスがどこか落ち着かず、ヘーゼル嬢の眠る部屋の方角を気にしているのは明らかだった。

心ここに在らず、といった風情だ。


「……わかった。じゃあ、俺はとりあえず、マキュベリー侯爵令嬢に話を聞きに行くか……」


「俺も行こう」


突然向き直り、強い視線で言い切るアクオス。

しかし、その瞳にはどこか不穏な影が差していた。

それに気づいたカイロスは、軽く肩をすくめるようにして、ふっと笑みを浮かべる。


「……いや、お前はヘーゼル嬢が目を覚ましたとき、そばにいてやれ。話すこともあるだろうし、彼女の口から先ほどの状況を聞いておいてくれると助かる。マキュベリー侯爵令嬢の件は俺ら騎士団に任せてくれ」


「……そうか」


残念そうに目を落とすアクオス。

カイロスはその肩に手を置き、少しだけ柔らかく続けた。


「そんな顔をするな。今はお前にとってヘーゼル嬢が第一だ。だろう?」


「……ああ、それはそうだが……」


アクオスは言葉を濁した。

胸の奥には、侯爵令嬢を罰してやりたいという衝動も確かにあった。

だが、カイロスの言う通り、今はヘーゼル嬢の方が気になる。


「お前がよく言うだろう?『今は感情で動くべきではない』ってやつだ。……まずは事実を洗い出そう。それが、ヘーゼル嬢を守る一番の方法だ」


カイロスの言葉に、アクオスは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吐いた。


「……わかった。カイロス、よろしく頼む……」


珍しく素直に頼みを口にしたアクオスに、カイロスは目を見開く。

だがすぐにその表情を綻ばせ、得意げににやりと笑った。


「おう!この兄に任せておけ!すぐに報告を持って来てやる」


二人は短く頷き合い、それぞれの役割を胸に歩き出した。

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