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「ヘーゼル・ガゼットです。アクオス様はいらっしゃいますか?」


ヘーゼルは受付のカウンター越しに声をかけた。

かつてはここで不審者と間違われ、取り調べを受けたことも記憶に新しい。

あのときは、自分の立場の弱さを痛感させられただけだった。


だが今は違う。


竜騎士団の関係者として名が通るようになり、受付の兵士もすぐに竜騎士団へと伝令を走らせてくれる。どうやら、あの一件の後、アクオスが陰ながら取り計らってくれたらしい。


「少々お待ちください」


受付の兵士は丁寧に頭を下げ、足早に奥へと消えていった。


「お待たせいたしました。竜騎士団長がお会いになるそうですので、執務室へお向かいください」


「はい、ありがとうございます」


ヘーゼルはぺこりとお辞儀をし、門の中へと足を踏み入れる。

竜騎士団のアクオスの執務室までは、ここから少し歩けばすぐの距離だ。


騎士団の練習場を抜けてまっすぐ進むつもりだったが、今日は騒がしい声がやけに響いてくる。

気になったヘーゼルは、少し遠回りして練習場のほうへと向かってみた。


普段は静かなその場所には、色とりどりのドレスをまとった令嬢たちが集まり、騎士たちの剣技に「きゃあ!」と黄色い声を上げている。


先日、カレンと竜騎士団の演習を見学したばかりだが、騎士団の訓練はまだ見たことがない。興味をそそられ、ヘーゼルは歩を緩めて練習場へと近づいた。


剣を交える二人の男が中心に立ち、火花を散らすように刃を打ち合わせている。

竜と共に戦う竜騎士の戦い方とはまた違い、純粋に人の力と技をぶつけ合う姿には別の迫力があった。

ヘーゼルは思わずその場に立ち止まり、呼吸を忘れて見入ってしまう。


やがて、より大きな体格の男が相手の剣を弾き飛ばすと、見物していた令嬢たちが割れんばかりの拍手を送った。ヘーゼルも感動し、気がつけば同じように手を打ち鳴らしていた。


その勝者が、ふとこちらを見た気がした。


(……気のせいよね)


そう思い直し歩き出すが、そこで男性の野太い声に呼び止められる。


「お!? ヘーゼル嬢じゃないか? 今日はアクオスのところか?」


突然声をかけられ、ヘーゼルは驚き振り向いた。

見知らぬ騎士……かと思ったが、よく見ればすぐに気づく。

『メレドーラの剛毅』と名高い、騎士団長カイロス・メレドーラその人だ。


慌てて深く一礼し、名乗る。


「カイロス・メレドーラ様。ヘーゼル・ガゼットでございます」


熊のように大きな体で歩み寄るカイロスに、ヘーゼルは見上げるようにして顔を合わせる。


「挨拶はいいって! 今日はアクオスに用事か?」


「あ……はい、ご報告がありまして……」


「そうかそうか! ここで立ち話ししていたら、アクオスにまた怒られてしまうな!」


豪快に笑い飛ばすその声に、練習場の空気まで揺れるようだった。


「今度、時間があるときにまたな!」


そう言って立ち去るカイロスの背を見送りながら、ヘーゼルは内心(社交辞令……よね?)とつぶやく。


だが同時に、彼の去った方向とは別の方向から突き刺さるような視線に気づいた。

煌びやかなドレスの令嬢の一人が、憎しみを込めた目でじっとこちらを見据えていたのだ。


「……ねえ、あなた。カイロス様とお知り合いのようですけど、どのような用事でアクオス様のお傍に行くおつもりなの?」


背後からかけられた声に、ヘーゼルはびくりと肩を震わせ、振り返った。

そこには、真紅のドレスに身を包み、扇を優雅に揺らす令嬢が立っていた。

周囲には彼女を取り巻くように四人のご令嬢が色とりどりのドレスで並び、ヘーゼルへ視線を突き刺している。


「え、ええと……」


研究のことは軽々しく口にしてはならない、とヘーゼルは直感する。言葉を探しながらも口が重くなる。


「ちょっと。まさか、マーガレット様が誰だかご存じない、なんてことはないでしょうね?」


黄色いドレスのご令嬢が大げさに声を上げた。

すると、輪の中心に立つ真紅のドレスのご令嬢が、得意げに顎をわずかに上げる。

どうやら彼女が『マーガレット』らしい。

名を告げられなくとも、周囲の者たちが示す態度で、その立場の高さは一目で分かった。


「も、申し訳ございません……何分、夜会にも出席しておりませんで……」


暗に、あなたを知りませんともいえず、言葉を濁す。

ヘーゼルは恐る恐る頭を下げると、すかさず横合いから声が飛ぶ。


「まあ! 夜会にも来られないくらい、位の低いご令嬢ってこと!?」


紫のドレスを纏った令嬢が、芝居がかった大げさな声で驚いて見せる。その声はわざと周囲にも聞こえるほど大きく、練習場を見物していた人々の注意を引いた。


「今日は『招待日』なのよ。招待された者しかこの会場には入れないはず!……どこから入ってきたのかしら?」


紫の令嬢は、扇を口元に当てながらにやりと笑う。まるで場違いな侵入者を断罪するような視線。周囲の取り巻きの令嬢たちも、ひそひそと笑いを漏らしながらヘーゼルを見下していた。


(……どうしよう……アクオス様のところへ向かうだけなのに……)


胸がぎゅっと締めつけられる。招待など受けていないヘーゼルにとって、この場に立っていること自体が罪のように思えてならない。

貴族社会に疎い彼女でも、今の状況が極めて危ういことは容易に察せられた。

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