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「やった!やったわ!」


ヘーゼルの目の前にいたネズミ、もとい魔物は、怯えたように檻の端で動かなくなっていた。

これまで何度も失敗してきたが、どうやら魔物避けの香りがついに完成したらしい。


今までは微妙な変化にしかならなかったが、今回の香りには魔物が確実に嫌がり逃げた。

素晴らしい……これなら成果も期待できる。


まずは師匠に確認してもらわなくては。


調査部の受付に頼み、師匠を呼んでもらう。

しばらくすると、のんびりとした足取りで師匠がヘーゼルの元にやってきた。


「成功したのか?」


「師匠!見てください!!この魔物の反応を!」


「どれ……ふーん。確かに嫌がってるな。いくつ試したんだ?」


「えーと……151回失敗して、これが152回目です」


「二百まで確認しろ。ここから失敗率が一割あったら、最初からやり直しだ」


「は、はい!」


師匠も立ち会ってくれて、ヘーゼルはなんとか198回目まで試すことができた。

疲れはあるものの、成功に向かう期待で胸は高鳴っていた。


「ここまで、ほぼ失敗なしだな……151番目までと、何か違うことをしたのか?」


「いえ、特には……ですが……まったく見当違いかもしれませんが……」


ヘーゼルは、薬草を摘んでいた時のことをできるだけ詳細に話した。二頭の竜の近くで薬草を摘んでいたこと、竜が薬草を食べる際に涎がかかったことを説明する。


「竜の涎?」


「はい。私も後で洗おうと思っていたのですが、すっかり忘れていて……」


師匠は少し考え込むように首をかしげた後、にやりと笑った。


「なるほど……では、この束を水でよく洗い、こっちの束と同じものを作ってみろ」


「はい!」


ヘーゼルは慎重に、指先に力を込めて細かく軽量し薬草を扱った。


「……できました!こっちが洗った物、そしてこちらが、そのままの物です」


「まずは、洗った物を檻に入れてみろ……」


魔物は一瞬身を止めたが、香りを嫌がる様子は見られない。


「では、こちらを与えてみろ」


ヘーゼルは指示通り、反応の薄かった香りの入った皿を取り、代わりに竜の涎がついた薬草で作った香りを入れる。


途端に魔物が飛び上がり、狂ったように暴れ、皿から距離を取り、檻の端でじっと身を隠すように動かなくなった。


「……決まったな。これだ」


このベールの一言に、ヘーゼルの胸は喜びと安堵でいっぱいになった。


「よ……よかった〜、出来上がりましたあ〜!」


「まさか、竜の涎が関係していたとは……」


ベールは面白そうに檻の中のネズミを見ている。


「偶然の発見だが、良い結果を出せて良かったじゃないか」


「はい!師匠!!ありがとうございます〜〜!」


師匠は、にこやかに肩をすくめ言った。


「俺は何もしていないが・・・・・・おい、ところでヘーゼル、俺の植物はどうした?」


周囲をぐるりと見渡し、肝心の植物が見当たらないことに気づいた師匠は、少し不満げに眉をひそめる。


「あ、あれならこっちです!」


ヘーゼルは慌てて答えた。あまりに大きく育ちすぎて目立つので、誰も近づきたがらない『異形種の魔物』がいると噂される扉の脇にある物入れに、ひとまず押し込んでおいたのだった。すっかり忘れていたことを思い出し、冷や汗をかきながら扉を開ける。


その瞬間、緑の葉が弾けるように飛び出してきた。湿った土の匂いと青々しい草の香りが一気に辺りを満たす。


ヘーゼルは思わず声を上げて後ずさる。想像以上に巨大化しており、物入れの中はすでにのびのびと育った葉でぎゅうぎゅう詰めになっている。


「な、なんだかすごいことになってますが・・・・・・無事に育っておりますね・・・・・・?」


顔を引きつらせながら報告するヘーゼルに、師匠はふむと頷き、のんびりと言った。


「大きくなりすぎているな。そろそろ回収だ。あとで取りに来させる」


その声音は叱責どころか、むしろ満足げですらあった。


「ヘーゼル……頑張ったな」


そう言ってベールは、大きな手でヘーゼルの頭を優しく撫でた。

それは粗野な師匠らしからぬ仕草であり、そして何より、ベールが今まで一度も口にしたことのない言葉だった。

胸の奥が熱くなり、ヘーゼルは思わず涙腺が緩む。


「し……師匠……」


声が震え、視界が滲む。こんなにも報われた気持ちになったのは、初めてだった。


「調査票をまとめたら、俺のところに持ってこい。上に報告しておいてやる」


ベールはいつもの調子で淡々と告げる。

だがその響きは、確かな信頼を含んでいた。


「え?……そこまでおまかせして……いいのですか……?」


「……ああ。たまにはそのぐらいはやってやる。俺の植物も無事に育ったしな。今は気分がいい」


わずかに口元を緩めた師匠の横顔に、ヘーゼルの胸は再び熱くなった。


ベールの思いがけない労いの言葉。

それはヘーゼルにとって、何よりのご褒美だった。

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