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「これはこれは!メレドーラ様!」


知らせを受けた父ダンカンは、足音も荒く玄関まで駆けつけてきた。


「ガゼット子爵、きちんとご挨拶をするのは初めてですね。竜騎士団団長、アクオス・メレドーラと申します。日頃は竜騎士団一同、領地の皆様に助けていただきありがとうございます」


アクオスは一歩進み出て、礼儀正しく頭を下げる。


「とんでもございません!竜騎士団の皆様は、いつも国を、そして国民を命懸けで守ってくださっている。そんな方々に少しでもお役に立てることがあるのなら、それを尽くすのが我ら領民の務めです」


父の真っ直ぐな言葉に、アクオスの口元に自然な笑みが広がった。


「ヘーゼルさんからも同じことを聞きました。……なるほど、ガゼット領がこうして安定しているのは、領主殿の温かな人柄の賜物なのですね」


「いやあ、そんな……」


ダンカンは照れくさそうに頭をかき、しかしどこか誇らしげでもあった。


アクオスは少し表情を引き締めると、言葉を続けた。


「ところで、本日はご報告があり参りました。実は、竜騎士団よりヘーゼルさんに一つ研究をお願いすることになりました。そのため、しばらくの間は王都にあるメレドーラ家に滞在していただくことになります。私は任務で不在が多いのですが、母と姉がおりますので、しっかりお世話をさせていただきます。安心してください」


「……なんと……公爵家に……」


ダンカンの目が大きく見開かれる。驚きと同時に、娘の成長を誇らしく思う気持ちが表情に滲んでいた。


「しかも、竜騎士団直々の依頼とは……ヘーゼル、良かったじゃないか」


父が素直に喜んでくれるので、アクオスの横に立っていたヘーゼルの頬は赤らんで、ただ「ええ……」と返すことしかできなかった。


ダンカンはその様子を見て、ゆっくりと大きく頷くと、真剣な眼差しをアクオスへ向けた。


「メレドーラ様……この娘はまだ未熟で、至らぬところも多いでしょう。しかし心意気だけは誰にも負けません。……どうか娘をよろしくお願いいたします」


その声音には、父としての誇りと、娘を人に預ける寂しさの両方が滲んでいた。


アクオスは、ダンカンのまっすぐな瞳に一瞬言葉を失ったが、すぐに深く頭を下げる。


「……必ず、私が責任を持ってお守りいたします」


温かな沈黙が流れる中、ヘーゼルの胸の奥に熱いものが込み上げてきた。

父の信頼と、アクオスの誓い。

その二つに包まれて、ヘーゼルは「自分も負けてはいられない」と気持ちを新たにし、静かに拳を握りしめた。


「ああ、それと……」


そんな空気の中、アクオスは何かを思い出したように、ダンカンへ向き直った。


「……ヘーゼルさんを花祭りにお誘いいたしました」


その一言に、ダンカンの目が大きく見開かれる。

声も出せぬまま、ダンカンはしばらく二人を交互に見つめ、まるで時間が止まったかのように立ち尽くした。


「お父様……?」


心配になったヘーゼルがそっと一歩前に出て声をかける。


「そ……そうですか。花祭りに……」


ようやく絞り出した声はかすかに震えていた。


「はい。ヘーゼルさんには、そこでいろいろお話をしようと思っています」


アクオスは変わらぬ落ち着いた声で答える。


「……そう、ですか……」


ダンカンは同じ言葉を繰り返す。

その頬はわずかに青ざめ、ヘーゼルは慌てて父の腕を取り「大丈夫?」と心配そうに見上げた。


ダンカンには、アクオスの言葉の意味が痛いほどわかっていた。


花祭り。


それはただの祭ではなく、恋人たちが共に歩き、未来を誓い合う特別な日。


隣で無邪気に心配しているヘーゼルは、その重みをまだ理解していないのかもしれない。

だが、アクオスの眼差しは真剣そのものだった。


しばしの沈黙の後、ダンカンはアクオスの視線をまっすぐ受け止めると、重々しく口を開いた。


「……わかりました。ご報告、ありがとうございます。……二人で、楽しんできてください……帰ってきましたら、花祭りの話が聞けると嬉しいです…」


緊張の滲む父の声に、ヘーゼルは首をかしげながらも「やっぱり公爵家の方と一緒だから驚かせちゃったのね」と、小さく反省した。


だが、この場の本当のやり取りを理解していたのは、アクオスとダンカンだけだった。


『娘さんを本気で想っています。恋人の祭で想いを伝えます』


アクオスは確かにダンカンへそう告げた。


そしてダンカンもまた、深く覚悟を込めて応じていたのだ。


『わかりました。二人で過ごすのを許します。ただし、その先の答えは……必ず聞かせてもらいます』


アクオスは静かな声でダンカンを見つめたまま答える。


「……もちろんです。では、我々はこの辺で失礼いたします」


「あ、メレドーラ様、お帰りは馬車でしょうか?お見送りを……」


「いえ、お父様。私は竜に乗せてもらってこちらに来たの。竜が怖がってしまうから、見送りはここでいいわ」


言い忘れていたと、慌てて父を止めるヘーゼル。


「お前が竜に……?そんなことが可能なのかい?」


「ええ、私も不思議なんだけど……竜たちはどういうわけか私に友好的でいてくれるの。だから竜騎士団の方の竜に乗せてもらって……お父様、私、王都からここまで半刻で着いたのよ!」


興奮を思い出したヘーゼルの瞳は、幼い頃のようにきらきらと輝いていた。


「……そうか。ヘーゼルは昔から竜が好きだったからな……よかったな。……もしかするとあの時に、竜から何か加護を授かったのかもしれん」


ダンカンは穏やかな笑みを浮かべ、昔竜に助けられたヘーゼルを思った。

そして、子どもの頃と変わらず、娘の頭を撫でる。


「ふふ……そうならいいのだけれど。本当に貴重な体験をさせていただいているの。……改めて、アクオス様、ありがとうございます」


ヘーゼルがアクオスに振り向き、可憐な笑顔を向けると、アクオスも自然と笑みを返した。


「ヘーゼル嬢に喜んでいただけたなら、何よりです」


ヘーゼルは、ダンカンに申し訳なさそうな顔を向けて挨拶をする。


「じゃあ、お父様、そういうことだから。私が帰ってくるまで少し時間がかかると思うから……無理はしないでね。手紙も書くから……」


「ああ、わかった。気をつけて行っておいで。……メレドーラ様、ヘーゼルをよろしくお願いします」


ダンカンはアクオスに深々と頭を下げる。


「……お任せください」


ガゼット領を出る時、アクオスは晴々とした顔をしており、大変上機嫌だった。


ダンカンとカルビンは、顔を見合わせたが特になにも言わず、アクオスの見送りを受け、来た時と同じようにヘーゼルを二人で送り届けた。

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