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その後すぐ、ヘーゼルはシャナに「疲れているだろうから」と、風呂と寝ることを勧められ、疲れが出ていたことを見破られしまい少し恥ずかしそうにうなずき先に部屋に下がることにした。


「それじゃ、今日はゆっくり休んでね」


そう言ってシャナが微笑むのを背に、ヘーゼルは足早に廊下を進む。


シャナは侍女たちにヘーゼルの身の回りの世話を手際よく指示し終えると、にこやかに食卓へと戻ってきた。


シャナの顔には先ほどのディナーでの騒動を思い出し楽しがる笑顔が溢れていた。


「……ふふ、アクオスのやきもち、酷かったわね」


ニヤニヤと笑みを浮かべるラグーナ。


「あんなにごねるアクオスなんて、初めて見たわ。で、ヘーゼルさんの師匠って一体どなたなの?」


シャナも興味津々だ。


「本当に!アクオスお兄様にも、あんな面があったなんて!感情をあまり動かさないから、人離れして人外かと思っていたけど、やっぱりちゃんと人だったのね!」


ゼルダも斜め上から感心しているようだ。


「確か……ヘーゼル嬢の師匠は、ベール・ケベックじゃなかったか?」


サキレスは頭の中の引き出しを開き、思い出す。


「ほう。リカルド公爵家の次男か」


ワイアットも考える仕草を見せる。

この国の二大公爵家の次男と三男。

ほぼ同じ舞台に立つ二人だ。


「アクオスにとっては、なかなかの好敵手ね。それであんなに慌てていたのか……多分、無自覚だけど」


シャナは妙に納得したように頷く。

シャナの横で興奮したナーラスが声を上げた。


「すごい!助教授の師匠って、あのベール教授ですか!?それだと叔父さんでも手も足も出ないかも……!」


ナーラスの横のゼルダは、その言葉を聞き、顔を歪める。


「あら、大丈夫よ!だってアクオスお兄様は、今やこの国で一番結婚したい男性なのよ。ヘーゼル様が選ばないわけないじゃない!」


「えー?そうかな?俺なら趣味が合う人がいいけど」


「だからあんたは子供なのよ!」


ゼルダはナーラスに向かって、なぜかプンプン怒っている。


「まあまあ、ゼルダ。でも……確かにナーラスの言うことも一理あるわね……ねえワイアット、リカルド家の次男ってどんな人なの?」


ラグーナは隣に座っているワイアットを見る。


「うーん……公爵家の出身を嫌って、比較的早くに母親の生家の名を名乗って家を出たようだね。母方の伯爵家を継いだから、いまは伯爵のはずだ。学園を卒業してすぐ、薬学の研究者になり、1年足らずで調査部の研究員になったらしい。幼少期はアクオスにも劣らない美少年として評判だった時期もあったが……最近はそんな話は聞かないな」


「そう……じゃあ、今はアクオスの方が爵位的には上だけど……結婚となると……少し不利かもしれないわね」


「でも、お義母様、ヘーゼルさんを見る限り、彼女は相手の爵位なんて気にしないと思います」


シャナは自信ありげに言う。


「確かにね。ところで、ヘーゼルさんにご兄妹はいないのかしら?」


ふとラグーナが問いかける。


「いないようだ」


今度はサキレスがすかさず答える。

どうやらヘーゼルのことはしっかり調べているようだ。


「まあ!じゃあ、アクオスはヘーゼルさんと結婚したらあちらを継ぐのよね?子爵だったわよね?」


「……まあ、とりあえずはそうなるでしょう」


サキレスはグラスに口をつけ、ワインを一口飲む。


「うーん……でも、それよりも……アクオスのあの無自覚のやきもちをなんとかしないと。このままだと本当に嫌われちゃう。せめて、アクオスがヘーゼルさんに恋愛感情を抱いていることを、なんとか知らせないと!」


それを聞いたサキレスはやんわりと盛り上がっている妻に注意を促す。


「シャナ、アクオスはわかってるさ。あまりおせっかいを焼かない方がいい。花祭りに一緒に行くと言っていたそうだし……」


「え? あのマイル村の花祭り? 恋人と行くお祭りのこと?」


「ああ、それだ」


「まあ! じゃあ、ヘーゼルさんの服装を急いで用意しないと!」


「お母様、私も一緒に選びたいわ!」


「そうね、ゼルダと一緒に行くのもいいわね。……ゼルダ、明日の学園は午後には戻ってくるのかしら?」


「ええ、午後には戻ってくるわ!」


「じゃあ、明日はお買い物ね」


ゼルダとシャナは顔を見合わせ、楽しげに相談を始めた。

ヘーゼル本人がすでにドレスを用意しているかもしれないが、それならそれで構わない。

シャナはただ、あの可愛らしい恩人、ヘーゼルに何か贈りたかったのだ。


ラグーナは眉間に皺を寄せ、思い出すように呟く。


「……確か、あのお祭りには花飾りのついた帽子も必要だったのではないかしら?」


「ええ。今もその風習は残っていますわ」


シャナは、昔サキレスと共に訪れた祭りの情景を思い浮かべるように、ふっと微笑んだ。


「そう。では、帽子は私に任せて」


「承知しましたわ、お義母様。ところでお母様、何色の花を飾る予定ですの?」


「あら、もちろん白と紫よ」


「白と紫……『すでに決まった人がいる』という意味のカラーリングですね。さすがですわ!お義母様。これで周りを牽制ですね!」


「どうせアクオスは、帽子の花に意味があるなんて知らないでしょう?だから、こちらで勝手に作ってしまえばいいのよ」


「へえ、帽子の花の色に意味なんてあるんですね」


ナーラスは不思議そうにしている。


「ナーラスはまだ知らないでしょうけど、意味はあるのよ。白は未婚の乙女、赤は既婚の淑女、黄色は恋人募集中、青は結婚経験はあるけれど今は一人、紫は婚約中。そして、それ以外の色はピンクの花で示すことになっているの」


「ふーん……じゃあ、お婆様が作る帽子は白と紫だから、未婚で……婚約者持ちってこと?……でも、助教授と叔父さんは婚約してるわけじゃないから……本当は白と黄色なんじゃないの?」


「バカね。そんなことしたらアクオスお兄様の敵が増えるだけよ。ヘーゼル様は可愛らしいお顔で、あのスタイルでしょ?ヘーゼル様を他の男性が放っておくはずないわ。だから、帽子の花の色で周りの男性を牽制するのよ」


ゼルダはあきれた顔でナーラスを見やる。


「え?でも、助教授がアクオス叔父様のことを好きじゃなかったら、逆に迷惑なんじゃないの?そこは大丈夫なの?」


ナーラスは無邪気に、まるで理屈を突きつけるように質問する。

男性陣は、心の中で密かに『そこは今、突っ込むところではなかろう』と思いながらも、懸命にも口には出さずに聞き流していた。


「…………まあ、大丈夫だと思うわ。だって、花祭りに二人で行くって決めたんでしょう?だったら問題ないはずよ。流石にヘーゼルさんだって、花祭りに行く意味くらいは知っているでしょう?」


シャナは、息子に向かって安心させるように、静かに頷いた。

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