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「さすがですね!団長!いつ見ても鮮やかな令嬢さばきです!」
「うるさい、デルダ」
ニヤリと笑ったデルダは、飄々とした足取りで自分の竜のもとへ向かい、やさしく鼻先を撫でて落ち着かせる。
アクオスも順に竜たちへ近づきながら、落ち着いた様子で体に触れていく。竜は、自分のパートナー以外に身体を触らせることを許さない。だが、アクオスだけは例外だった。団長として、すべての竜に認められているのだ。
竜たちの表情や呼吸、身じろぎの一つひとつに目を配る。何頭か、まだ神経質に怯えている様子の竜がいた。アクオスは静かに声をかけ、目を合わせながら背を撫でる。やがて、それらの竜も肩の力を抜くように落ち着き始めた。
そのとき、
バタバタと足音が響き、数人の竜騎士たちが竜舎に駆け込んできた。
「団長! 竜たちは大丈夫ですか!?」
先頭を切って飛び込んできたのは、長い金髪を一つに束ねた、背の高い男。
副団長のイーライ・アルバン。
彼はアルバン伯爵家の嫡男だったが、爵位を弟に譲り、自らは竜騎士として生きる道を選んだ変わり者だ。
イーライはとにかく竜を愛してやまない。その愛情は騎士団でも群を抜き、竜の研究者としても広く名を知られている。
普段の彼は優秀で、冷静沈着、戦場では頼れる男。だが、竜のこととなると話は別だ。
たとえ小さな傷でも竜が負ったと知れば、穏やかな表情は一瞬で消え、相手が誰であろうと容赦しない。
その暴走の後始末に、これまで何度駆け回らされたことか……。
「イーライ、大丈夫だ。みんな落ち着いてきた」
アクオスの声に、イーライはホッと息を吐き、すぐさま自分の竜に近づく。
優しく頭を撫で、何かを囁くと、竜は「ギュウッ、ギュウッ」と甘えた声を上げて鼻先を押しつけている。
そのやり取り中に、イーライは何かに気づいたように、ふっと顔をあげ、鼻をくんくんと動かした。
「……なんだこの、甘ったるくて気持ちの悪い匂いは」
デルダが肩をすくめて説明する。
「令嬢の香水の匂いです。団長がすぐ追い返したけど……その令嬢、ヤンさんに怒鳴ってましたよ」
ヤンは竜騎士団の世話係。
たいていが、現役を退いた元竜騎士たちで、竜の体調や機嫌を見極める頼れる存在だ。老齢ながら、竜のこととなると深い知識を持っており、竜を安心して任せられる存在だ。
そんな大切な仲間に怒鳴り声を浴びせるとは……
イーライの目つきが変わった。
「……ヤンさんに? なんだその女は……もうここに来られないよう、どこかに捨ててくるか?」
「イーライさん、さすがに過激すぎ。でも、気持ちはわかります。あの令嬢、相当イラッとしましたから」
デルダは竜を撫でながら、ちらりと他の竜たちへ視線を流す。
イーライは竜舎の片隅で作業をしていたヤンに近づき、声をかけた。
「ヤンさん、大丈夫でしたか?」
「大丈夫さ。ちょっと小娘に文句を言われたぐらいで、傷つく歳でもないしな。ただ、あの匂いに竜が暴れ出して、少し焦ったよ。団長がすぐ来てくれて助かった」
そう言って頭を下げるヤンに、イーライとともにヤンの様子を見に来たアクオスは、ヤンの肩に手を添えてその頭を上げさせた。
「ヤンさんは悪くない。……だが、竜たちに何かあっては困る。竜舎の周囲に、背の高い壁を設置しよう」
「いい考えですね。竜に無用な刺激を与えないためにも、必要です」
イーライがすぐに反応する。
「では、本日中に設計書と許可願いをまとめて提出します。団長、処理はこちらに任せていただいて構いませんか?」
「ああ、イーライ、頼んでもいいか?」
一つ頷いて、イーライは、そのまま執務室へと向かった。
(竜を誰よりも大切にしているイーライだ。明日には、きっと壁建設の許可を取ってくるだろう。)
そのあと、他の竜騎士たちも次々と竜舎にやってくる。
乾いた土と藁の匂いが漂う竜舎は、少しづつ落ち着きを取り戻してきた。
竜騎士たちが自分の竜のもとへ足を運ぶと、巨大な影がゆっくりと頭をもたげ、鱗が光を受けて輝く。
どの竜も、パートナーの騎士の気配を察すると、わずかに目を細めたり、鼻を鳴らしたりして応える。
竜と竜騎士は、生半可な繋がりではない。
そもそも、竜との関係が築けなければ、竜のそばに近づくことすらできない。
誇り高く、気まぐれで、人間の思惑など通じない存在。
それが竜だ。
竜騎士になるためには、まず通常の騎士として任務に就き、配属された隊で二年以内に『十指に入る優秀な騎士』と認められなければならない。
剣の腕だけでなく、教養も体力も精神力も、すべてが高い水準を求められる。
そうして初めて、竜騎士団の入団試験を受ける資格が与えられる。
だが、その試験こそが命を懸けた過酷なものだった。
候補者は、単身で竜の谷へと向かう。
濃い霧に包まれた深い谷は、人を拒むように静まり返り、時折、どこからともなく竜の咆哮が響く。
竜騎士候補の者たちは、その谷で自分のパートナーとなる竜を、自らの力で見つけなければならない。
期限は一年。
それまでに竜の背に乗り、心を通わせることができなければ、試験は失格となる。
一度この試験に落ちれば、もう竜騎士になる資格は永遠に失われる。
たった一度きりの、逃げ場のない挑戦。
谷には、多くの者が挑み、そして帰らなかったこともしばしば。
竜は自分の土地から何かを持ち出されるのを極端に嫌うため、もし、何かを盗もうとしたり、規律を破れば、谷の竜たちは一斉に攻撃を仕掛けてくる。
だから、谷で命を落とした者はそのまま谷に葬られ、家族のもとへ還ることも叶わない。
さらに、たとえ竜とともに谷から帰還しても、すぐに竜騎士になれるわけではない。
その後、竜とともに一年の戦闘訓練を受け、実戦に出て戦えるかどうかを見極められる。
乗るだけではなく、共に戦い、守る力があるか。
この最後の一年間は、竜と人との本当の関係を築く時間でもある。
竜とともに寝食を共にし、日々を過ごしながら、竜のほうも、人間が信頼に値するかを見極めている。
もちろん、そこで竜に見限られれば、すべては終わる。
どれだけ訓練を積もうと、竜に背を向けられた者に、竜騎士を名乗る資格はない。
最後の一年を竜と過ごし、竜がその者をパートナーとして認めたとき、竜から加護をもらい初めて正式に竜騎士団に迎えられるのだ。
そのため、竜騎士は人々の憧れではあるものの、現実はあまりに過酷で、夢や理想だけで務まるものではない。
年々志願者は減り、近年では一、二年に一人、新人が入ってくるかどうかの、狭き門となっている。
名誉ある竜騎士団は、今や『この国でもっとも厳しい職のひとつ』として語られている。
竜騎士になるには、命と覚悟を賭けなければならないのだ。




