59
しばらく、他愛のない話で盛り上がり、お茶とお菓子を美味しくいただいていると、
ラグーナは優雅に背筋を伸ばし、片手でティーカップをそっと置きながら、穏やかで品のある声で言った。
「そうそう、今日はヘーゼルさんにお願いがあるのよ。以前、ヘーゼルさんからいただいたお化粧品とハンドクリームなのだけれど……お友達にお裾分けしたところ、皆さん購入を希望されていてね。あのお化粧品とハンドクリーム、売っていただけないかしら?使ってみたらとても良かったそうなの。私自身も使ってみて、本当に気に入ってしまって……できれば、追加で購入できたら嬉しいわ」
ラグーナは微笑みながら、手元のティーカップを撫でるようにそっと置き、柔らかな光を宿した眼差しでヘーゼルを見つめた。
その上品で落ち着いた佇まいに、ヘーゼルは少し緊張しつつも、不思議と心が和いでいくのを感じる。
すると、隣に座っていたシャナもぱっと表情を輝かせ、元気で朗らかな声を上げた。
「ヘーゼルさん、私も欲しいと思っていたの。あの化粧品のおかげで、最近お肌の調子がとても良くて……。ぜひ、私にも購入させてほしいわ」
ラグーナとシャナから相次いで賞賛され、ヘーゼルはくすぐったく感じる。確かに、あの化粧品とハンドクリームは地元の女性にも人気が高い。
ただ、貴族の方に販売するとなると、入れ物の選定や香り付けなど、準備がいろいろ必要になるだろう……。
少し困った顔をしてしまったのかもしれない。
ラグーナが、ほんの少し残念そうな声で「無理はしなくてもいいのよ」と言ってくれた。
その時、扉がバンッと勢いよく開き、ナーラスが駆け込んできた。
「ナーラス!ヘーゼル様に失礼よ!」
すぐに声を上げたのは、姉であるゼルダだった。
「帰ってきたら、ガゼット助教授が来ていると聞いて……すみません。お久しぶりです助教授!」
ナーラスは相変わらずキラキラと信頼に満ちた目でヘーゼルを見てくる。
その熱量は以前と変わらない。
「こ、こんにちは、ナーラス様……先日お話した研究は、はかどられましたか?」
「ええ!あの時は助言いただき、ありがとうございました!助教授の仰った通りガウルの葉を加えたら、とても良いものができあがりました!学園の教授にも褒められました!」
「それは良かったです」
にこにことナーラスと話していたヘーゼルだったが、ふと先ほどのラグーナへの返答をしていなかったことに気づく。
おずおずとラグーナへ向き直り、口を開いた。
「ラグーナ様、あの化粧品とハンドクリームはすぐにでも作ることは可能なのですが、貴族のご婦人向けとなりますと、容器や香り付けなど、まだ何も考えておりません。少しお待ちいただければ、そちらにも取り掛かることができるかと思うのですが……今はちょっと……」
申し訳なさそうに微笑み、ラグーナは軽く頭を下げた。
「まあ、そうなのね……。皆さん、入れ物よりも中身の良さに感動していたようだから、きっと気にはなさらないと思うけれど……。でも、たしかにそうね。ヘーゼルさんの素晴らしいお化粧品を、もっと可愛らしい瓶に入れたら、高値でも売れるでしょうし……香りも一種類だけでなく、いくつかあれば、まとめて購入される方も増えて販売数も伸びるでしょうね。…………とはいえ、今はヘーゼルさんもお忙しいものね……」
そう口にしながら、ラグーナは少し考え込むような表情を浮かべた。
その様子を見て、ヘーゼルもまた申し訳なさそうに眉を寄せる。
「ちょっと待って、おばあ様?僕、助教授が作った化粧品なんて聞いてないんだけど?」
二人のやり取りに、突如としてナーラスが割って入る。
その声に、ラグーナはくすりと笑った。
「ええ、言ってなかったわね。前回いただいたのよ。ナーラスはあの時、別のことで興奮していたから見ていなかったのね」
「え?助教授が作った化粧品……興味しかないんだけど……!」
ヘーゼルは少し考え、ナーラスに向き直って提案した。
「ナーラス様、化粧品にご興味がおありで?」
「え、いや、助教授の化粧品だから興味があるのですが……」
ナーラスは背筋を伸ばし、瞳をきらりと輝かせて続けた。
「もしかして、その化粧品も効能の掛け合わせで作られたのでしょうか?」
「はい、そうです」
ヘーゼルは小さくうなずく。
「薬草を掛け合わせて作っています」
「それは……興味深い」
「……興味ありますか?」
ヘーゼルは少し首をかしげ、恐る恐る問いかける。
「はい!もちろんです!」
即答したナーラスの声には、無邪気な熱意がこもっていた。
「……あの、もしよろしければ」
ヘーゼルは言い淀みながらも、勇気を出して口を開く。
「そのレシピをお渡ししますので、メレドーラ家で販売されてはいかがでしょうか?ナーラス様はご興味があるそうですし……ナーラス様なら調香も可能なのではないでしょうか?化粧品の入れ物も、公爵家でご用意されたものでしたら、貴族のご婦人にも人気が出るかと……あ、余計なお世話でしたら申し訳ございません……」
薬学を習っているナーラスのためにもなるかと思い提案したが、少し図々しかったかな……とヘーゼルは胸の内で考え直す。
「え!?いいのですか!?助教授のレシピに僕が手を加えても!?」
ナーラスは身を乗り出し、少年のように目を輝かせた。
「まあ、だめよ」
穏やかでありながらも、はっきりとした声を上げたのはラグーナだった。
「そ……そうですよね?」
(公爵家の嫡男を勝手に働かせるなんて……)
ヘーゼルは肩をすくめ、視線を落とす。
「浅はかな考えでした。公爵家のご子息に、無理なことを……」
「ちがうわ、そうじゃないのよ、ヘーゼルさん」
ラグーナは柔らかな笑みを浮かべた。
「もちろん、あなたがお忙しいのは承知しています。だからこそ、ナーラスが調香をお手伝いできるなら、この子のためにも素晴らしい考えだと思うわ。……でも、レシピをもらうなんてできないの。あくまでもこのレシピは、ヘーゼルさんのものだもの」
「確かにそうね」
今度はシャナがすっと声を挟む。
落ち着いた所作で椅子に身を預けると、にこやかに続けた。
「お義母様、ではこうしたらいかが?入れ物や流通経路は私たちが用意する。調香はヘーゼルさんの監修でナーラスが行い、売り上げの大半はヘーゼルさんに入るようにするの。もちろん商売として成り立てば取り分のご相談も必要になるけれど……いかがかしら?」
ナーラスは誰よりも早くコクコクと頷き、頬を紅潮させている。
その様子にラグーナはふっと微笑み、シャナの提案に力強く頷いた。




