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(な、なぜ……『それで!』なんて即答してしまったのだろうか……)
……そして今。
ヘーゼルは王族用の大広間のその中央に据えられた煌めく長テーブルの前に座っている。
運ばれてきた最初の一皿は、見たことがない華やかな料理でヘーゼルはその料理を凝視した。
(え? なにこれ?どうして私は王太子殿下と二大公爵家のお二人と同じテーブルに座ってるの……? ……吐きそうなんですけど……!)
王太子を正面に、横の列の一番上座にヘーゼル、その隣に師匠。
ヘーゼルの真正面にはアクオスが座っている。
このテーブルがまたとんでもなく大きく、椅子の間隔も広いため、会話をするにも声を張らないと届かないのでは……と、ヘーゼルは唖然としていた。
「さあ、ヘーゼル嬢。お腹もすいただろう。軽めの食事で申し訳ないが、食べてくれ」
「軽め……?」
目の前には、見たことのない料理が所狭しと並んでいる。
一皿ごとの分量は少ないが、皿数が尋常ではない。
キラキラ輝くゼリーのようなものがかかった野菜料理、色鮮やかなソースをまとった魚、ほんわりと湯気を立てる黄色いスープ、ジューシーな鹿肉のロースト、カクテルグラスに美しく並べられた海老、そしてふかふかのパン……。
さらに後ほどデザートも来るという。
(これが……軽め……?)
侍従が器から美しく取り分けて目の前に置いてくれる。
「お、美味しそうです。い、いただきます……」
ずらりと並んだカトラリーを前に、ヘーゼルは緊張で固まる。ナイフもフォークもスプーンも、鋭い輝きを放っている。
(もしかして……王族ってカトラリーを毎回新品を使うの……?)
現実逃避の思考で気を紛らわしながら、恐る恐るナイフを手に取り、一口に切って口へ運ぶ。
「っ!まあ! とても美味しいです!」
あまりの美味しさに思わず声が大きくなり、慌てて口を押える。
「そうか、それはよかった」
ザイルは穏やかに笑い、満足そうに頷いた。
「ところでヘーゼル嬢、例の魔物避けの香りはできそうか?」
「はい、まだ完全ではありませんが……方向性は見えてきました」
「そうか。早いな。さすがベールの弟子だ」
「そうですね。まあ、ヘーゼルは出来が良い方ではあると思いますよ」
猫背のままのベールがぼそりと言う。その顔はよく見えないが、どうやら褒め言葉らしい。
「たまたま見つかった植物の効能ですが、それを最大限に生かせるようにするのが我々の研究者の仕事ですから」
ベールはグラスを口に運びながら、事もなげに付け加える。
「確かに……しかし、あの魔物は私も初めて見る小ささだったな。アクオス、よく見つけてきたな……」
ザイルは口角を上げ、グラスを軽く揺らしながら言葉を続ける。
「……ヘーゼル嬢は魔物に慣れていませんから。あれは小さくてもれっきとした魔物です。嗅覚を試すには小さな魔物がちょうどいいでしょう」
「なるほどな。まあ、香りを嗅がせて結果を取るだけなら、あの大きさの方が扱いやすいかもしれないな……だが、アクオスは結構……過保護だな」
ザイルはおかしそうに笑った。
しかしアクオスは取り合わず、静かにナイフとフォークを動かし、目の前の料理を口に運んでいた。
「ところでヘーゼル嬢は、こちらにはいつまで?」
ザイルがふと問いかける。
「あ、はい。本当はすぐに帰るつもりでしたが……アクオス様からご依頼を頂戴いたしましたので、結果が出るまでは……」
「そうか。で、どこに泊まっているんだ?」
「はい、王都の父がよく使う宿です」
「なるほど。だが、いくら王都とはいえ、宿から調査部の建物まで通うのは大変だろう?調査部も近いし、こちらに滞在すると良い」
「……こ、こちらといいますと……」
「王城だ。部屋はいくらでもある」
「!!……い、いえ!それはさすがに!」
ヘーゼルは涙目になった。
王城を宿代わりにだなんてあってはならない。
しかも滞在するとなれば、四六時中気を張り詰めることになる。
ヘーゼルにとって、それはもはや苦行でしかない。
ぎこちなく首をふるふる振り、必死に「結構です!」と目で訴える。
「殿下、それには及びませんよ。調査部の宿舎が空いています。ヘーゼルはそちらで十分でしょう」
ベールが口角を上げながら助け舟を出す。
(ナイス師匠っ!!)
ヘーゼルはテーブルの下で小さくガッツポーズをし、「よく言ってくれました!」とベールに熱い視線を送った。
……が。
正面に座るアクオスが、カトラリーを置いてゆっくりとこちらを見た。
「……お待ちください。調査部の宿舎では、ヘーゼル嬢は研究に没頭して食事も忘れ、体を壊してしまうでしょう。私の依頼ですから、それは避けたい。……ヘーゼル嬢、私の実家に来ませんか?」
「実家……?」
「はい。ここからすぐ近くにあるメレドーラ家です。母もシャナもナーラスも、あなたに会いたがっていました。そこならば、生活の手助けもできます」
「ええと……それは、さすがに……」
まさかの公爵家登場に、よもやパニックになりかける。
断ろうとした瞬間、ザイルが、ぱんっ!と手を叩いた。
「ああ、それはいいな! サキレスも先日のシャナの件でヘーゼル嬢に礼を言いたいと言っていたし。メレドーラ家のご婦人方なら、しっかりとヘーゼル嬢の世話をしてくれるだろう」
「いや……あの?」
ヘーゼルの抗議は虚しく、話はどんどんと勝手に進んでいく。
これはまずい!と必死に抵抗してみる。
「王太子殿下……ラグーナ様やシャナ様にご迷惑をかけるわけには……」
「大丈夫だ。ちょうど王城にサキレスが来ている。公爵本人には、私から直接許可を取ろう」
そう言い切るや否や、ザイルはすぐそばに控えていた執事へ視線を投げた。
多くを語らずとも意図は伝わる。
執事は一礼すると、静かに踵を返し、その場を後にした。
「い、いえ……そういう問題ではなくて……!」
ヘーゼルは、必死に制止しようとする。
だが、王太子の判断はすでに下されていた。
彼の決断が覆ることはない。
その空気を察したのか、室内にはわずかな沈黙が落ちる。
そして。
ほどなくして、重厚な扉が静かに開いた。
入ってきたのは、背筋を正し、無駄のない所作で歩み寄る一人の華やかな男性だった。
年の頃はアクオスと近い。
整った顔立ちに、落ち着いた物腰。
どこかアクオスと似ていた。




