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ヘーゼルは、特別にザイル王太子殿下の許可を得て、調査部に出入りしていた。


アクオスが「適した魔物」として捕らえてきてくれたのは、

威勢は良いが、ネズミほどの大きさしかない魔物だった。


初めて見たときは「ただのネズミ?」と思ったが、よく見ると小さなツノが生えている。

こちらを必死に威嚇してくるものの、想像していた魔物とは何かが違い、拍子抜けしたのも事実だった。


調査部で働く者たちも、このネズミ……いや魔物にはまるで関心を示さず、素通りするばかり。

奥の部屋からは、檻にぶつかる重い音や禍々しい鳴き声が響いてきて……


「本物の魔物はあちらだ」とヘーゼルは確信した。

こっそりと種を植えた鉢を、他人の目を盗んでは奥の扉の方へとじりじり移動させ、同時にネズミ型の魔物で調合実験を繰り返していった。


朝から夕方まで滞在を許され、夜は宿に戻る。

そんな生活の二日目の朝。

栞の香りに……ついに魔物が反応を示した。


いつもは威嚇していた小さな魔物が、落ち着きなく檻の中をうろつき、やがて鼻をひくつかせて栞から距離を取ったのだ。大きな変化ではないが、毎日はのように一緒にいるネズミの小さな変化にヘーゼルは飛び跳ねそうになる。


「やったわ! 撃退まではいかないけど……香りに反応した!」


興奮して声を上げたヘーゼルの背後から、急に呼びかける声がした。


「おい、ヘーゼル!」


「きゃあっ!」


「『きゃあっ!』じゃない!さっきから呼んでいたんだが?」


「し、師匠!? ど、どうしてここに!?」


そこに立っていたのは、いないはずの師匠だった。

目をぱちぱちさせるヘーゼルに、彼は肩をすくめる。


「知らなかったのか?俺はここの一員だぞ」


「……え、えぇっ!? 調査部の!? し、知りませんでしたけど!? それなら……もしかして、アクオス様に直談判なんかしなくてもよかったのでは!?」


「そんなことは知らん。だが、言ってくれれば手配くらいはしてやった」


「ええ!?……もおっ! なんなんですか! アクオス様や王太子殿下に変な目で見られながら、必死に頼み込んでここまで来たのに!私の努力はぜんぶ無駄じゃないですか!」


「努力に無駄はないだろう。……ところで……おい、あのネズミがお前の実験台か?あれ、本当に魔物なのか?」


師匠はきょろきょろと辺りを見回し、小さな檻の中で威嚇しているネズミ型の魔物を見つけると、目を丸くした。


「……たしかに思っていたのとは違いますが、よく見るとツノが生えています!アクオス様が捕まえてきてくださった、れっきとした魔物です!」


ヘーゼルは、なぜか胸を張って自慢げに言う。


「お前……。……まあ、いいか……それより、あの植物はどうした?」


「え? ああ、それでしたら、あちらに……」


奥の扉の向こうからは、相変わらず禍々しい鳴き声が響いていた。

ガチャガチャと鳴る音は鎖でつながれた魔物が、きっと檻をこじ開けようとしているのだろう。


その不気味な扉の前に、ぽつんと置いた鉢から、瑞々しい若葉がひょろりと伸びている。

水も栄養も、陽の光さえないのに、師匠の言った通り、薬草はすくすく育っていた。


「ふむ……なかなか育っているな。中にいるのは小型の異形種だが、ずっと暴れていると聞いている……良い栄養分になっているらしい。お前のネズミと違い、なかなかに使えるようだ」


「し、師匠! なんてことを言うんですか!これは、 ネズミではなく『魔物』です!」


「まあいい。引き続き頑張れ」


「あのですね!! 私だっていつまでもここに居座れるわけじゃないんです! たまには師匠も手伝ってください!」


「いや、俺も忙しい。無理だ」


「……もお! いつもそう言って、実際はたいしたことしてないじゃないですか!」


調査部の一室で、ヘーゼルと師匠が小競り合いをしていると、コンコン、と扉が叩かれた。

入ってきたのはアクオスだった。


アクオスは中に入ると、師匠を目にした途端ぴたりと動きを止め、じっと見据える。


(わかります! ボサボサの髪に猫背で、ひょろっとした不審者!……でも待ってくださいアクオス様! この人、先ほど知ったんですけど、調査部の一員らしいんです!!)


一方、師匠もまたアクオスをじっと観察していた。

そして無言のままヘーゼルに視線を向け「誰だこいつ?」と涼やかな瞳で問いかけてくる。


「あの……竜騎士団団長のアクオス・メレドーラ様です」


ヘーゼルが小声で師匠に教えた瞬間、師匠は彼女の肩に片腕をかけ、勝手に自己紹介を始めた。


「竜騎士団団長、アクオス・メレドーラか。俺はベール・ケベックだ」


「……ベール・ケベック……」


アクオスの瞳が鋭く細められた。

その名に思い当たる節があるのか、彼はわずかに息をのんだ。


「し、師匠! アクオス様を呼び捨てになさってはいけません! アクオス様はメレドーラ公爵家のご子息です!」


慌ててヘーゼルは師匠に耳打ちし、貴族社会の礼を思い出させようとする。

そもそも師匠が貴族らしいことは知っているが、身分の詳細は聞いたことがなかった。


アクオスはヘーゼルに一歩近づき、彼女の肩に置かれたベールの手をすっと払う。


「……ご令嬢にむやみに触れるのは無作法だ。やめたほうがいい」


払いのけられた自分の手を、ベールは不思議そうに見つめて首を傾げる。


「なぜだい? ヘーゼルは私の弟子だし、こんなことは日常茶飯事だ。なあ、ヘーゼル」


「え、ええ……まあ、肩に腕をかけられるのなんて、いつものことですけど……」


その言葉を聞いた瞬間、アクオスの眉がぴくりと動き、露骨に不機嫌な顔になる。


「ヘーゼル嬢、それはきっぱりと断った方がいい。あなたは未婚のご令嬢だ。一般的に……いや、貴族社会ではなおさら、許されざる無作法だ」


「ははは! 面白いな、アクオス・メレドーラ。……まるで駄々をこねる子供のようだな」


「……なんだと?」


アクオスの声が冷たく低くなる。

対する師匠は肩を揺らして笑い、まるで挑発を楽しんでいるようだった。


二人の視線が空気を裂くようにぶつかり合う。

室内の温度が一気に下がったようで、ヘーゼルは思わず背筋を縮めた。


(ど、どうしよう……! 完全に雰囲気が最悪に……!)


ヘーゼルは両手を胸の前で組んで、オロオロするしかなかった。

空気が凍りつき、今にも火花が散りそうになった。

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