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「お願いします!どうしても魔物が必要なんです!!」
「ダメです。ヘーゼル嬢は魔物の恐ろしさを知らない」
「それはわかってます!でも……私も早く『魔物避け』を完成させて、少しでも皆さまのお役に立ちたいんです!」
アクオスから返ってきた手紙の一文字『否』。
その返答に納得できなかったヘーゼルは、ついに王都まで押しかけてきた。
本来なら父が訪れるはずだった王都だが、無理やり理由を作って代わりにやって来たのだ。
もちろん薬草はカレンに届け済みである。
目の前で腕を組んで座るアクオスは、深いため息をついた。
「ですから……そのためには魔物が必要なのです。お願いします、アクオス様!魔物を置く場所はそちらの施設でも構いません。私が出向いて調合を調整します!ですから、どうか!!」
思わず立ち上がり、机越しにアクオスへ詰め寄るヘーゼル。
「魔物は何をするか分からない。捕らえておける檻を持っているのは調査部だけです。その調査部には、部員以外は入れない……だから無理だと言っています」
「アクオス様!そこをなんとかっ!!」
その時、
コン、コン、と扉が叩かれた。
アクオスは一度だけ息を吐き、「どうぞ」と答える。
入ってきたのは、竜騎士団の誰とも違う、絵のように整った顔立ちの華やかな男性だった。
「来客中にすまないな」
「王太子殿下……」
アクオスの言葉を聞き、ヘーゼルはその男性を二度見する。
次の瞬間、愕然と目を見開く。
「やあ、ヘーゼル・ガゼット嬢だね。噂はあちこちから耳にしているよ。入ってもいいかな?」
「お……お……王太子……殿下……?」
その名を口にした途端、はっとして慌てて裾をつまみ、深くカーテシーをする。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。ガゼット領の領主、ダンカン・ガゼットの娘、ヘーゼルと申します!」
「そんなに畏まらなくていいよ。邪魔をしているのは私だからね。顔を上げてくれ」
促されて、ヘーゼルは恐る恐る姿勢を戻した。
「それにしても……アクオス、ここは壁が薄いな。外まで丸聞こえだったぞ」
「……殿下、本日はどのようなご用件で?」
アクオスは、未来の国王である王太子に対し、隠しきれぬ苛立ちをにじませながら問う。
「竜舎の新しい壁が完成したと聞いて、見に行った帰りだ……たまたま通り過ぎた時に話が聞こえてな」
王太子ザイルはアクオスを見やり、ふっと笑みを浮かべる。
「私は、ヘーゼル嬢の願いに応えるために来たのだよ」
「え……?」
王太子殿下はあくまでアクオスに向かって話していたのだが、思わずヘーゼルの声が漏れてしまった。
慌てて口を押さえるヘーゼルに、ザイルは視線を向ける。
「……ヘーゼル嬢に調査部への立ち入り許可を与えよう。それでアクオスは、『適した魔物』を捕まえてくればいい。ヘーゼル嬢が魔物避けを完成させれば、国や民にとって大きな喜びとなる。……どうだ、アクオス」
援護をしてくれた王太子に、ヘーゼルは目を輝かせる。
「……ヘーゼル嬢の安全が確保できるなら……」
アクオスは、まだ渋々とした声音で答えた。
その態度に、ザイルの口の端がギュッと上がる。
「……ふーん……そうか……なるほど、なるほど。……うん、そういうことか!」
ザイルはアクオスの返答に何かを感じたらしく、満足げに頷くと、晴れやかな笑みを浮かべる。
「よし、わかった。もちろんヘーゼル嬢に危険が及ばないよう、私からも手配しておく。まかせろ」
「……」
アクオスはふいと視線を外し、そっぽを向いたまま無言になる。
そんな態度とは裏腹に、ザイルはますます上機嫌だった。
一方ヘーゼルは、王太子の言う『適した魔物』が、きっと「小さくておとなしい魔物」のことだと察しつつも……
確固たる意志を込め、最後のお願いをアクオスに口にした。
「あ、あの……王太子殿下、本当にありがとうございます。精一杯がんばります!……そ 、それで……アクオス様。もし魔物を狩ってきていただけるのなら……できれば、なるべく威勢の良い魔物であると助かります……」
「ヘーゼル嬢……」
呆れを隠さないアクオスの視線と、楽しげに細められたザイルの視線。
二人に同時に見られたヘーゼルは、心の中で「これも全部、師匠のせいだ!」と呪った。




