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「団長!アクオス団長っ!」


竜騎士団の執務室に勢いよく飛び込んできたのは、団内の一番槍のデルダだった。


「なんだ、デルダ。少しは静かにできないのか?」


机に向かって書類をまとめていた竜騎士団団長、アクオス・メレドーラは、顔を上げることなく呆れたように返す。


「マキュベリー侯爵の令嬢が、竜に近づいて……竜たちが怒って暴れています……」


「はあ〜~~………………」


アクオスは深々とため息をつき、ようやく面倒くさそうに顔を上げた。


アクオス・メレドーラは、ほんの数年前に竜に『選ばれてしまった』ことで、しぶしぶ竜騎士団の団長になった男だ。

この国の二大公爵の一つ、名門メレドーラ公爵家の三男であり、兄弟そろって社交界でも名を馳せる美形揃いの公爵家の末っ子。


中でも、竜騎士団団長のアクオスは『メレドーラの至宝』と称され、艶やかなゴールドの髪に澄んだブルーの瞳を持ち、群を抜いた美貌を誇っている。


そのうえ未婚、婚約者なし、そして竜騎士団のトップ。

当然、今や国内ぶっちぎりの『最も手に入れたい男』として、貴族令嬢たちのターゲットになっていた。


令嬢たちは何とかアクオスに近づこうと画策し、こうした事件を頻発させる。

そのたびに、アクオスはわざわざ現場に出向き、礼を欠かぬように令嬢を追い出す。

そんな、騎士団長にあるまじき仕事が日常になってしまっていた。


「……そもそも、なんで令嬢を敷地内に入れたんだ……」


アクオスは頭に手をやり、明らかにうんざりした様子でデルダに問いかけた。


「マキュベリー侯爵が城の騎士団に用事があって、その娘も一緒に演習場に来ていたんです。それで、勝手に竜騎士団の竜舎まで入り込んだらしくて……」


「また、そのパターンか……。絶対今度こそ、騎士団と竜騎士団の演習場の真ん中に、高い壁を建ててやる……」


「団長、それ、もう何度も挑戦してるじゃないですか……たぶん無理ですよ。だってあっちの騎士団長って、団長のお兄さんのカイロス様でしょう? あの『メレドーラの剛毅』ですよ?もう、無理ですって」


『メレドーラの剛毅』、カイロス・メレドーラ。

名門メレドーラ公爵家の次男。

自由奔放で、圧倒的な実力と統率力で騎士団長の座に就いた豪胆な人物だ。


アクオスが細身で洗練された印象を持つのに対し、カイロスは筋骨隆々でまるで熊のような体格をしている。もちろん、顔立ちは兄弟らしく整っており、社交界でも相変わらず人気だが……最近ようやく婚約が決まり、そちらは落ち着いた。


そして、長男のサキレス・メレドーラは『メレドーラの才知』と称される切れ者。王太子の参謀も務め国の発展にも貢献している。

サキレスはすでに結婚し、子どもも二人おり、メレドーラ公爵家を継いだばかりだ。


…………その結果、残された独身貴族のアクオスに、貴族令嬢たちの猛攻が一極集中しているのだった。


アクオスは「チッ」と小さく舌打ちすると、壁のフックに掛けてあった上着を乱暴に手に取り、羽織った。


「団長も、もう婚約しちゃえばいいのに。なんであんなに引く手あまたなのに、女性の影が全然ないんですか?団長が片付けば、団内の『結婚待ち組』も一気に動けるってのに……」


デルダはぼやくように言いながらも、半分本気だ。


実際、竜騎士団団長であるアクオスの存在は、団内の『未婚の象徴』のようになっており、彼より先に結婚するのを遠慮している団員がちらほら存在している。


そもそも、アクオスが婚約さえしてくれれば、彼に群がっている令嬢たちの関心が他の男性へ移る。

それを今か今かと待ちわびている者も少なくなかった。


そんな話をデルダに言われ、アクオスの脳裏に、ふと一人の女性の顔が浮かんだような気がした。

しかし、すぐに軽く頭を振り、その思考を打ち消すと、デルダを従えて無言のまま歩き出す。


向かう先は、竜舎。


近づくにつれ、


「ギャオゥ! ギャウッーーー!」


興奮した竜たちの咆哮が耳に飛び込んできた。

「ギャッ、ギャッ!」と異常を訴える鳴き声も混じっている。


(これは……確かにまずい状況だな)


アクオスは足を速めた。


竜舎の入口に差しかかると、茶色の長い髪を揺らしながら、世話係に甲高い声で詰め寄っている少女の姿が目に入った。

竜舎に怒鳴り声が響く。


「ちょっと!アクオス様を早く呼んできてよ!私を誰だと思ってるの?あなたなんか、お父様に言えばクビにすることだってできるんだから!!」


その声と同時に、彼女から漂うきつい香水の匂いが鼻を突いた。

鼻をひくつかせるまでもない……風に乗って強烈に香ってくる、人工的で甘ったるい匂い。


竜たちは、この『作られた匂い』を嫌う。

加えて、女性の金属的な甲高い声も好ましく思わない。

そもそも竜の鼻は非常に鋭敏で、人間の数千倍もの匂いを嗅ぎ分けると言われている。

この状況で竜たちが怒るのは、当然と言えば当然だった。


「マキュベリー侯爵令嬢」


アクオスは、一刻も早くこの女を竜舎から追い出すべく、名を呼んだ。


その声に、令嬢はくるりと振り返る。

先ほどまで世話係に怒鳴っていた顔は嘘のように晴れやかになり、にっこりと作った笑顔を浮かべた。


「まあ!アクオス様。やっとお会いできましたわ!」


「マキュベリー侯爵令嬢……ここは竜舎です。竜は、自分のパートナー以外が近づくのを嫌います。危険ですので、すぐに外へ出てください」


本心では苛立ちを覚えていたが、アクオスはできる限り穏やかな声音を保ってそう告げた。


しかし、令嬢はまったく悪びれた様子もなく、逆にうっとりとした笑みを浮かべる。


「まあ……アクオス様ったら、私のことを心配してくださってるのね?嬉しいわ」


そして、懐から一枚の封筒を取り出す。


「本日こちらに伺ったのは、このお茶会の招待状をお渡しするためなの。父から、アクオス様が今、騎士団にいらっしゃると聞いて……わざわざお持ちしましたのよ。受け取っていただけるかしら?」


(お茶会の招待状……?)


アクオスは心の中で舌打ちする。


(そんなもののために、竜たちを刺激しに来たというのか……まったく、何を考えている……)


思わず、信じられないという表情で、令嬢を見つめる。

言葉を尽くしても通じる相手ではないと悟りながらも、貴族令嬢との面倒を避けるため、なるべく丁寧な態度で応じることにした。


「マキュベリー侯爵令嬢。私は竜騎士団を束ねる身です。日々、森から湧き出る魔物に対処しており、いつ如何なる時も備えていなければなりません。そのような華やかな席に赴くことはできませんし、国民を危険にさらすわけにもいきません。夜会や茶会へのお誘いは、すべてお断りしております」


そして、静かに言葉を継ぐ。


「せっかくのご厚意ではありますが、その栄誉ある招待状は、どうか別の方にお渡しください」


令嬢の表情が一瞬曇る。


「アクオス様……そんな……」


アクオスは、その悲しげな声にも動じず、淡く微笑むと、出口の方を手で示した。


「私は、国の人々が安心して暮らせる未来を願っています。そのために、竜たちと共に戦うことを選びました。どうか、あなたたちを守らせてください。それが、私の望みです」


その言葉に、令嬢は顔を赤くして嬉しそうにしばらく黙ったまま立ち尽くし、諦めたように帰っていった。


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