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「先日、シャナが魔物に襲われて……」
「シャナ様が!?シャナ様はご無事なのですか!?」
思わず食い気味に声を上げてしまった。
胸の奥がぎゅっと掴まれるように強張る。
「ああ。傷もなく助けることができた」
安堵の言葉を聞いた瞬間、ヘーゼルは膝から力が抜けるような感覚に襲われ、思わず胸に手を当てて息を吐いた。
「ご無事なのですね……。よ、よかった……!」
その表情は心の底からの安堵に染まっていた。
シャナのことを案じていた気持ちがありありと伝わる。
アクオスはそんな彼女の姿を、どこか優しげに見つめていた。
「……それで、ここへ来た本題ですが、これはヘーゼル嬢の持ち物で間違いないですか?」
そう言って、彼はポケットからハンカチに挟まれた一枚の栞を取り出した。
「あっ……それ、私が……はい。シャナ様へお手紙を送ったとき、一緒にお渡しした栞です」
「……この栞のおかげで、シャナは助りました」
「え……?どういうことですか?」
アクオスは短く息を整えると、淡々と説明を続けた。
「魔物に襲われた際、シャナのポケットからこの栞が落ちた。それを嫌がった魔物の動きが一瞬止まった。その隙がなければ、助けるのは間に合わなかったでしょう」
「栞が……魔物を止めた……?」
「シャナの証言をもとに調査部に調べさせました。数度の実験の結果……この栞の香りを、ほとんどの魔物が忌避することが分かりました」
「まあ!そんな効果があったなんて……!ぜひ詳しく聞かせてください!」
研究者としての血が騒ぐ。
ヘーゼルは前のめりにぐいぐいと迫り、興味津々でアクオスを質問攻めにする。
「……ちょ、ちょっと待って……距離が、近い……!」
あまりの接近にアクオスは戸惑い、顔が真っ赤になり勢いよく立ち上がって顔を背けた。
「!!あっ……も、申し訳ありませんっ……わ、私ったら……!」
ヘーゼルも自分の行動に気づいた瞬間、頬を真っ赤に染めて両手で押さえた。
心の中で(またやってしまったー!)と叫びつつ。
アクオスはしばらく背を向けたまま深呼吸を繰り返し、気を落ち着けてから再びヘーゼルへ向き直った。
その瞳には、先ほどまでの動揺は消えているように見えた。
「……それで、ヘーゼル嬢……」
「は、はいっ!」
(ま、まだ顔が熱いわ……!変に見えていないかしら……)
「この栞に使われていた薬草について……詳しく知りたいです。どのように育て、どうやって作られたのか。私たちにとって、極めて重要な情報になるかもしれない」
その真剣な声音に、ヘーゼルも思わず背筋を伸ばした。
「……その薬草は、竜が食している薬草を乾燥させたものです。栞として腐ったり、形が崩れたりしないように、別の薬草液に漬けたあと三日三晩乾燥させました。その薬草液と竜の薬草の香りが混ざり合って、たまたま今の香りになったのだと思われます……」
「騎士たちの話では、竜の薬草は摘むとすぐに萎れると聞いているが……」
「はい。確かにとても萎れやすいのですが……摘み方さえ分かっていれば、萎れずに採ることができるのです」
「……摘み方さえ分かっていれば?」
アクオスが眉をひそめて問う。
ヘーゼルは小さく頷いた。
「ええ。竜の薬草はとても敏感で、強く摘むと自らの成分を一気に放出してしまい、すぐに萎れてしまうのです。けれど、株の中で一番若い茎を選んで、新芽から二節目のところを、上に引っ張るように摘むと……不思議と長持ちします」
「そんな方法があったとは……」
アクオスの瞳に驚きが宿る。
「おそらく竜たちは本能的に、それを理解して食べているのだと思います。だからこそ、人の手ではすぐに駄目にしてしまう薬草でも、竜は平然と食べれるのでしょう」
「なるほど……理にかなっていますね」
アクオスは感心したようにうなずき、改めて栞を見下ろした。
「つまり、竜の薬草の香気と……ヘーゼル嬢が調合した薬草液の香り。それが偶然重なり合って、魔物を遠ざけるほどの力を発揮した……ということでしょうか」
「はい。もっと詳しく調べれば、薬草園でも同じ効果を再現できるかもしれません」
ヘーゼルが真剣に言葉を重ねると、アクオスは一瞬だけ彼女を見つめ、それから静かに息をついた。
「……やはり、ヘーゼル嬢はただのご令嬢ではないな……」
アクオスの低い声が、どこか敬意を帯びて響いた。
「そ、そんなことは……私はただ、薬草が好きなだけで……!」
慌てて手を振るヘーゼル。
しかしその頬は赤く染まり、目はきらきらと輝いている。
アクオスはその反応に小さく笑みをこぼしたが、すぐに真顔に戻る。
「だが、これは重要な発見です。もし本当に魔物避けの薬草として利用できるのなら……騎士団にとっても、王国にとっても大きな力になります」
「……!」
ヘーゼルは思わず息をのむ。研究者としての喜びと、自分の小さな発見が大きな意味を持つかもしれないという驚きが胸を突き上げる。
「……詳しい栽培方法と調合法を、後日改めて教えてください。もちろん、ヘーゼル嬢の研究の功績として正式に記録に残すと約束します」
アクオスの真剣な眼差しに、ヘーゼルは戸惑いながらもゆっくりと頷いた。




