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(……白竜!?)
まばゆいほどの白い鱗。湖の畔に、天から舞い降りる巨体。
一瞬で、それはアクオスの竜ブラッドだとわかった。
「きゃあ……!」
風圧に煽られ、吹き飛ばされそうになる体を必死で踏ん張り、ヘーゼルは目をぎゅっと閉じる。
……やがて突風が収まり、恐る恐る目を開けると。
「……ヘーゼル嬢」
低く澄んだ声が耳に届いた。
「アクオス……様?」
そこに立っていたのは、竜騎士団団長のアクオス。
陽光を浴びたその整った顔立ちは、思わず見惚れるほどの美貌。
さきほど確かに見えたはずの白竜ブラッドは……辺りを見回しても、どこにも姿がなかった。
「いま……ブラッド様、いらっしゃいましたよね?」
落ち着かない様子で、きょろきょろと周囲を探しながらヘーゼルは尋ねる。
「ああ……私が飛び降りたら、そのまま飛び去って行きました」
「……そうなんですね……せっかくなら立ち寄っていただきたかったです……」
「……今度、ブラッドにそのように伝えておきましょう」
「……あっ!!そ、その……先日は色々とすみませんでした!!!」
思い出したくもない出来事が脳裏をよぎり、ヘーゼルは顔を真っ赤にして深々と頭を下げる。
「……い、いや……こちらこそ……母と義姉が、申し訳ありませんでした……」
アクオスも視線をそらし、口元を押さえながら赤くなる。
……沈黙。
気まずい空気の中、二人は同じように下を向き、動けずに固まってしまった。
「えっと……」
「その……」
声がかぶって、さらに頬が熱くなる。
アクオスが一度咳払いをしてから、ようやく言葉を継いだ。
「……今日こちらに来たのは、ヘーゼル嬢に聞きたいことがあったからです。本当は後ほど屋敷に伺うつもりだったのですが……まさか、ここですぐに会えるとは思わなかった。少し驚いてしまいました」
「ええと……そこに、私の薬草園がありまして……今日は薬草の世話に来ておりました……」
「……そうか。そこがあなたの薬草園だったんですね……」
アクオスは言葉を切り、しばらく黙ったまま視線を薬草園に向ける。
「っ……!」
「アクオス様?」
突然、顔を苦痛に歪め、頭を押さえる。
「……ここの景色に見覚えが……」
「アクオス様!?大丈夫ですか!?」
苦しげに眉を寄せたまま、アクオスはその場に膝をつき、肩で息をした。
「……しばらく……ここに……座らせて……」
「は、はいっ」
ヘーゼルは慌てて駆け寄り、自分用に持ってきた水筒といつも持ち歩いている小瓶を取り出した。
「アクオス様、私の水筒で申し訳ありませんが……お水です。それと痛み止めのお薬です……私が作ったものですが多少は効くはずです……お飲みください」
背に手を添え、そっと差し出す。
アクオスは抵抗もせず、そのまま素直に受け取り、薬を口に含んだ。
やがて、呼吸が落ち着いてくる。アクオスは顔を上げ、弱々しくも笑みを浮かべた。
「いつも……こんな姿ばかり見せて……申し訳ない」
「いいえ。……アクオス様はきっと、何かを思い出しかけているんです。早くすべてを思い出して、このような苦しみから解放されることを、私は祈っています」
「……ありがとう……少し、こうしていても?……もちろん、ヘーゼル嬢がよければ……ですが……」
「ええ。無理なさらず、景色を眺めているだけでも私は構いません」
ヘーゼルがふふっと笑いかけると、アクオスは淡く微笑んで頷いた。
その柔らかな笑みに、ヘーゼルは思わず見惚れてしまう。
おそらく、この笑みを見ればどこのご令嬢も同じ反応をするだろう。
しばし、湖畔には静かな時間が流れた。
水面は鏡のように澄み、空をそのまま映し出している。空気は清く澄んで、木々の葉がそよそよと揺れていた。
その穏やかさが、かえって二人の間の緊張を浮き立たせる。
「……落ち着いてきました。もう大丈夫てす、申し訳ない……」
アクオスは胸に手を当てて深く息を吐き、姿勢を正す。
普段は誰もが憧れる竜騎士団長の彼が、こうして弱みを見せる姿は珍しく、
だからこそ、ヘーゼルの胸の奥にきゅっとした痛みを残した。
「い、いえ!全然!」
慌てて両手を振る。
少し声が裏返った自覚に、ヘーゼルは頬を赤らめて視線を逸らす。
アクオスはそんな彼女の様子をちらりと見て、口元にわずかな笑みを浮かべた。
だがすぐに真剣な眼差しに戻し、深く息を整える。
「……それで。早速なのだが……今日ここに来たのは……」
場の空気がわずかに張り詰める。
湖のきらめきも、風の音さえも遠のいていくように感じた。




