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(できるだけ、魔物を建物から離さないと……大丈夫、大丈夫よシャナ。このまま後ろに下がって……)


じりじりと、シャナは魔物から目を離さずに後ろへゆっくり下がる。

汗が額を伝い、靴底が湿った土に沈む。


チラリと目を横に向けると、赤い煙が揺らめき、ふわりと立ち上っているのが見えた。


(お願い!早く助けに来てっっ!)


その時、運悪く、子供が遊んでいたバケツにつまずき、シャナの足元がぐらりと傾く。


(!!!まずいわ!転ぶ!!!)


魔物はその瞬間を見逃さず、口を開けてシャナに噛みつこうと迫った。

ゆっくりと景色が流れ、遠くで誰かの悲鳴が響く。シャナは思わず後ろに倒れ込み、その衝撃でポケットに入れていたヘーゼルからもらった栞がするりと地面に落ちた。


シャナは顔を伏せた。


(もう駄目だわ……)


そう思い、目をぎゅっと閉じると、魔物の動きがピタリと止まった。

口から滴る粘液がシャナの横に落ち、地面の草が「ジュゥ!」と音を立てて溶ける。


(…………)


シャナは、すぐに襲ってこない魔物を不思議に思い、うっすらと目を開けた。

魔物はなぜか一歩後ろに下がり、警戒するように止まっている。地面に落ちた栞に、魔物がかすかに反応しているように見えた。


(……何だかわからないけれど……まだ私は生きてる!……諦めちゃダメだわ!)


シャナは自分にそう言い聞かせ、魔物との距離を少しずつ広げるように、ゆっくりと後ろへ下がった。

魔物は唸り声をあげながらシャナを見つめ、喰らうかどうか迷っているようだ。

シャナはそのわずかな隙を逃さず、必死に距離を取った。


その時、ザアアーーーーーーッと風が鳴り、空を裂くような轟音とともに竜の影が大地を駆け抜ける。


「シャナッ!」


白く大きな竜が数匹の竜とともに現れる。

竜に騎乗するアクオスが大きな声でシャナの名を呼ぶ。

その聞き慣れた声に、シャナは地面に座ったまま涙を流し、ほっと安堵する。


「アクオスっ!」


幼馴染であり、義弟でもあるアクオスの名を、シャナは震える声で叫んだ。


漆黒の竜の鱗が陽光を反射し、空気を切る音とともに現れ、イーライがネイロから飛び降りる。

イーライは、そのままシャナの元へ走ってくると迷いなくシャナを抱き上げ、鋭い視線で魔物を睨みつけながら、安全な場所へと運んだ。


「シャナ様、ご無事で何よりです!まもなくサキレス様もお見えになりますのでご安心を!今から魔物を討伐します。ここから動かないでください!」


イーライはそう告げ、少し離れた木の根元にシャナを座らせると、自身の竜、ネイロに飛び乗り空へ駆け上がり、すぐにアクオスたちに合流した。


シャナの心臓はまだ荒く鼓動している。

しかし、胸の奥に、安堵の光が差し込むのを感じた。


目線を少し遠くに向けると、先ほどの魔物を竜騎士たちが囲み、戦いの渦に巻き込んでいるのが見える。


そしてふと、建物の入口に視線を移すと、ゼルダが柱の陰に身をひそめ、討伐の様子をじっと見つめている。こんな緊迫した状況なのに、ゼルダの瞳はなぜかキラキラと輝いていた。

その目はゼルダが憧れてやまないイーライ・アルバン副団長に向けられている。


(あの子ったら……中にいなさいと言ったのに……)


ゼルダを呆れたように見つめていると、シャナが目を離した隙に、重たいものがドサッと落ちる音が響いた。

慌てて視線を戻すと、魔物の首が飛び、その体は前かがみのまま地面に倒れ込んでいった。


(終わった?……良かったわ……みんな無事で……)


シャナは自分の意識がゆっくりと沈んでいくのを感じた。


シャナが目を覚ますと、傍らには夫のサキレスが心配そうに手を握り、シャナの顔を覗き込んでいた。


「シャナ……大丈夫かい?」


「サキレス……?」


シャナはゆっくりと、シスターが用意してくれたベッドから体を起こす。


「魔物は……?」


「大丈夫だ。騎士団が片付けている」


「そう……みんなは無事よね?」


「ああ、無事だ……シャナが身を挺して皆を守ったとシスターから聞いたよ。どうして、そんなことを……護衛もいたはずだろう?」


「護衛は玄関の方にいてもらったのよ。まさか裏から魔物が来るなんて思わなくて……でも、結局護衛がいても魔物相手では厳しかったでしょうね……」


シャナは先ほどの生々しい魔物を思い出しブルリと震えた。


「……君に何かあったら、俺は生きていけない。今後は……無茶なことはしないと誓ってくれ」


サキレスはシャナの手をぎゅっと握り、自分の頬に当てたまま、しばらく動かない。


「サキレス、ごめんなさい……でも、あの場にはゼルダもいたのよ。母親として、子を守らない選択はできなかったの……」


「……だとしても……そんな簡単に自分を犠牲にしないでくれ」


「……そうね。わかったわ」


シャナは、サキレスの手が微かに震えているのを感じながら、今は素直に従おうと思った。


「お母様!」


扉をノックもせずに飛び込んできたのは、ゼルダだった。


「ゼルダ、シャナは今起きたばかりだ。あまり騒がしくしないでくれ」


サキレスは、突然のゼルダの行動に少し苦笑しながらも注意を促した。しかし、ゼルダはお構いなしにシャナのもとへ駆け寄る。


「お母様、痛いところはない?怪我があったらすぐお医者様を呼びましょう!気分は?大丈夫!??」


心配のあまり、ゼルダはシャナに質問を矢継ぎ早にぶつける。


「……ゼルダ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい……」


「お母様が、私を突き飛ばした時、本当にびっくりしたのよ!もうあんなことしないでっ!」


鼻をすすりながらゼルダはシャナにしがみつく。


「ゼルダ、あなたこそ怪我はない?」


「け……怪我なんてないわ……私は強いもの!大丈夫よ……」


シャナは微笑みながら、肩を震わせて縋りつく娘の髪をそっと撫でる。


「そう言えば……ゼルダ、竜騎士団が到着したとき、あなた言いつけを守っていなかったわね。見たわよ、イーライ様を見に外に出てきてしまって……」


「なんだと!ゼルダはそんなことをしていたのか!」


思わずサキレスも声を荒げた。

顔を上げたゼルダは、父親に反抗的な目を向ける。


「お父様は黙っていて!……だって、イーライ様にお会いできる機会なんてあまりないんですもの……あの時、イーライ様の声が聞こえた気がしたのよ……」


少し不貞腐れながらも、涙を浮かべていた瞳はすっかり輝きを取り戻していた。

父親の言葉を遮られ、サキレスは思わず愕然とする。


そんな父と娘のやりとりを見ながらシャナは、本当に助かってよかったと改めて胸を撫で下ろした。

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