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「ヘーゼル!ヘーゼルどこ!?」


「ここにいるわ、レイ!」


「ヘーゼル、もう、お昼だよ。屋敷に戻ってご飯を食べに行こう?」


レイは子ども特有の無邪気さでヘーゼルの腕を掴んで引っ張る。


「わかった、わかったから引っ張らないで。ベリーが落ちちゃうわ」


「あ、ごめん!」


そう言うと、レイはすぐに手を離して一歩後ろに下がる。

そして、すぐにヘーゼルの腕を心配して声をかける。


「大丈夫だった?痛かった……?」


心配そうにこちらを見る顔が可愛すぎて、ヘーゼルは、心臓あたりを押さえる。


(すごく綺麗な顔で……弟に心配顔をされるとあまりの可愛さに心臓が痛いわ……)


「大丈夫よ。お昼ご飯食べに行きましょうか!」


そう言うと、嬉しそうに笑うレイ。


(その笑顔も、可愛すぎるっっ!!レイ、私を殺しに来てるわね……!!)


弟に、心臓をぎゅうぎゅうと掴まれたように、レイの可愛さに悶えながら手を繋いで屋敷に戻る。


レイが来てから毎日が新鮮で楽しかった。

本当の家族のように笑い合い、時には喧嘩もしたり……。


レイは毎日ヘーゼルの後をついてきては果樹園や薬草園での仕事を手伝って本当の家族のように過ごしていた。

さらに、薬草に興味があったレイはヘーゼルが薬を調合するのをみてスポンジの如く学んでいった。


だが、レイがここに来てニ年が経った頃、最悪の出来事が起こる。


ある日、レイは一人で、湖のそばにあるヘーゼルの薬草園へ向かった。


その朝、朝食の最中にナーフさんが駆け込んできて、雑貨屋のおかみさんが落ちてきた皿で深く手を切ってしまった。血が止まらず至急薬が必要だという。


ヘーゼルはすぐに薬草倉庫に駆け込んだが、血止め薬に必要な薬草が一種類足りなかった。レイがその薬草を採ってくると申し出てくれたので、距離も近いし大丈夫だろうと任せた。

父は痛み止めや包帯を持ち、先にナーフさんと診療所へ向かった。


ヘーゼルが薬草をすりつぶしていると、しばらくしてレイが戻ってきた。手には、目的の薬草が握られている。


「お帰りなさい、レイ。時間かかったわね? 見つけるの大変だった? 一人で行かせてごめんなさい」


そう声をかけると、レイはヘーゼルをじっと見つめ、それから視線を手元の薬草へ落とした。


その顔には、どこか苦しそうな顔で、言い知れぬ違和感が浮かんでいる。


「レイ? ……どうしたの? なにかあったの?」


ヘーゼルは薬をすりつぶす手を止め、心配になってレイの傍に駆け寄った。しゃがみ込んで目を覗き込むように顔を近づける。


「まさか……怪我でもした? 大丈夫?」


「……いや……大丈夫だ。何でもない」


ぽつりと小さく漏らしたその声は、低くかすれていて、まるでいつものレイとは別人のようだった。


「本当に大丈夫? 具合が悪いとか?」


小さな肩にそっと手を置こうとしたとき、レイは、その手を避けた。

その仕草はまるで、触れられることを拒むようだった。


「……すまない……」


「……え?」


思わず、ヘーゼルは固まった。


(今……『すまない』って言った? レイが……?)


十歳にも満たないレイが、そんな大人のような口ぶりをするなんて……今までに一度もなかった。


空中で止まったままの手を降ろせずにいると、レイは手にしていた薬草を無言で差し出し、ヘーゼルに押しつけるように渡してくる。


そのまま、レイは踵を返して外へ駆けて行った。


「ちょっと……! 待って、レイ!!」


一瞬出遅れてしまったヘーゼルは、慌てて追いかけて外に出る。

するとちょうど、ナーフさんが薬を取りに戻ってきたところだった。


「ヘーゼル様、薬はできているかい? まだ血が止まらなくて……」


「え、ええ……すぐできるわ。ちょっと待ってて」


迷いながらも、ヘーゼルはレイを追うのをいったん止め、急いで薬草をすり鉢に入れ、手早く薬を仕上げた。

薬を手渡すと、ナーフさんはお礼を言いながら急いで診療所へ戻って行った。


(レイは、さっき湖の方へ走って行った。様子が……明らかにおかしかった。早く探さなきゃ……!)


胸騒ぎがした。嫌な予感がどうしても拭えない。


ヘーゼルは全力で走った。草を蹴り、石を飛び越え、息を切らして進んでも、どこにもレイの姿は見えなかった。

やがて、湖のそばまで来たが、見渡す限り人はおらず、レイはどこにもいなかった。


「レイ!! どこ?! レイーーーーッッ!!」


何度も名前を叫んだが、返事はなかった。

その後、父も戻ってきて、大勢でレイを捜索をした。


まさか湖で溺れたのではないか。と町の人たちが潜って探してくれたが……レイの姿はどこにもなかった。

まるで、煙のように……忽然と姿を消したのだ。


それからというもの、ガゼット家は、火が消えたように静まりかえった家で、レイのいない日々を、ただ静かに悲しみの中過ごしていった。

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