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「ヘーゼルさんとお呼びしてもよろしいかしら?」


公爵夫人にそう尋ねられ、ヘーゼルは「は……はい」と小さく返事をするしかなかった。

前公爵夫人、現公爵夫人、そしてその息子さん。

普通の人間なら夢のように華やかな席だろうが、ヘーゼルにとってはむしろ逃げ出したいほどの場だ。


自分以外の三人は、本当にキラキラしている。

例えるなら、光源そのもののようにまぶしい。


(だって、この国で最高位の貴族が、今ここに三人そろっているのよ……。緊張するなっていうほうが無理よ……あれ、なんだか胃のあたりがムカムカしてきたかも……)


「では、私たちのことも、ぜひ名前で呼んでくださいな。皆メレドーラですから、そのほうがわかりやすいでしょう?」


公爵夫人は、ふふふと笑い、気さくに話しかけてくる。


「は、はい……承知いたしました……」


何とか息も絶え絶えにとりあえず返事をする。


そうして、話が始まると、先ほどの絶対に店員ではない、あからさまに執事とわかる男性が静かにお茶と軽食を運んできた。

動きひとつひとつに無駄がない。


「緊張するなというほうが難しいでしょうけれど、ここは私どもしかおりませんわ。どうぞお気を楽になさってください」


前公爵夫人が、やわらかく微笑む。


「そ、そうですね……」


そう答えながらも、緊張はまったくほぐれない。

ヘーゼルは(あ、手汗が……)と密かに焦りながら、なんとか笑顔を作った。


「と、ところで……こちらはカフェなのでしょうか?思っていたより、その……立派な建物でしたので……」


「ああ、ここは外交官が他国の方を接待するための場所ですの。ちょっとキラキラしていて落ち着かないでしょう?ごめんなさいね。昨日の今日で貸切ができるカフェがなかなかなくて……こちらを急遽借りたのです」


「が、外交の……そ……そうなんですね……」


(それってもう、公爵家のお茶会とあまり変わらないのでは……)


ヘーゼルが、ぎこちなくお茶を口に運んでいると、ナーラスが目をキラキラさせながら、じっとこちらを見つめてきた。

ヘーゼルはその視線を受け止め、彼に質問を投げかけた。


「ナ、ナーラス様は、学園で今どんなご研究をされているのですか?」


そう尋ねると、ナーラスは嬉しそうに身を乗り出した。


「はい、助教授。現在、痛み止めになる薬草は数十種類ありますが、どれも副作用が出やすいものばかりです。そこで、組み合わせによって副作用を軽減できないかと研究しているのです!今はミルの花を試しているのですが、なかなか良い結果が出ません……助教授はどうお考えでしょうか?」


まるで生徒が先生に質問しているようだったが、自分の得意分野の話になると、ヘーゼルの緊張はやわらいだ。

むしろ興味が勝ち、積極的に会話していく。


「良い研究ですね。私も独自で何度か調合してみましたが、まだ決定的な成果は出ていません。……確かにミルの花には胃腸に効く成分も含まれていますから、有効かもしれませんね。もし私でしたら、そこにガウルの葉を加えたいところです」


「ガウルの葉ですか?……でも、あれは効能がほとんどない葉なのでは……?」


「はい、単体ではせいぜい切り傷の消毒程度の効果しかありません。ですが、ミルの花のように複数の効能を持つ薬草と合わせることで、その効果を引き出すことができるのです。他にも似た性質の薬草はありますが、ミルと組み合わせるならガウルが有効かもしれません」


「!!!助教授!ありがとうございます!ガウルの葉にそんな作用があったなんて……知りませんでした……!」


ナーラスは感動した様子で、どこからともなく取り出したメモ帳に勢いよく書き込む。


「……ええっと、助教授、他にもお聞きしたいことがありまして……」


「ちょっと待って、ナーラス。今度は私たちの番よ。さっきヘーゼルさんとたっぷり話したでしょう?」


「母上、待ってください!こんな機会はもう二度とないかもしれません!……ここは譲れませんよ!」


「ナーラス、ヘーゼルさんをお誘いしたのは私とお義母様よ。ちょっと黙ってなさい」


親子喧嘩が始まりそうな空気に、ヘーゼルは慌てて割って入った。


「ナーラス様、もし薬草の組み合わせにご興味がありましたら、お時間があるときに私の領地にお越しください。薬草園もございますし、ご覧いただければ新しい発見があるかもしれません」


その提案に、ナーラスの目がさらに輝く。


「よいのですか!?こちらからそんな気軽に伺っても!!!」


勢いあまって椅子から立ち上がり、今にも飛びかかりそうな勢いで迫ってくる。


「え、ええ……お越しになる前にご連絡いただければ、ご案内いたしますわ」


「素晴らしいっ……!」


ナーラスは感極まったように天を仰ぎ、両手でガッツポーズを取った。


「……全く、しょうがない息子だわ。こうなると当分こっちに戻ってこないから、今のうちにお話ししちゃいましょう!」


茶目っ気たっぷりに、シャナがヘーゼルへと視線を向ける。


「ヘーゼルさんは、竜に気に入られていると聞きましたが、何かコツはあるのですか?私、昔から竜に興味があって、一度でいいから触れてみたいと思っていたのです。でも竜って、男性にしか懐かないと聞いてがっくりして……。ところがヘーゼルさんには竜が友愛を示すと聞いて……これは、女性でもいける!って思いましたわ。ヘーゼルさんは、私と竜との新たな光なんです!」


「……た、確かに、竜は私を見ても騒いだりはしません。自然に受け入れていただいた……とは思っていますが、特に私から何かしたわけではなくて……。正直、なぜ竜がそばに寄るのを許してくれているのか、私自身も分からないんです」


「まあ、不思議ですわね……やっぱり何か理由があるはずですわ!」


シャナは身を乗り出し、ヘーゼルの手を取らんばかりの勢いで続けた。


「竜は気まぐれだと聞きますし、誰にでも寄るわけじゃない。……もしかして、竜に関する特別な血筋とか、秘薬を使ったとか、そんなことは?!」


「い、いえいえ!そんな大層なものは何も……敢えて何かあるとすれば、竜が好む薬草を育てているくらいでしょうか」


「竜が好きな薬草?」


その言葉に反応したのは、もちろんナーラスだ。


「はい。育てるのが少し難しいのですが……私の領地には大きな湖がありまして、その湖畔で育てています。あ、シャナ様へのお手紙に同封した栞が、その薬草なのですが……」


そこで声を上げたのもやはりナーラスだった。


「あっ!!!あれですか!見たことのない薬草だったので調べてみたのですが、わからなくて……ずっと何だろうと思っていました!」


「はい。竜が私に寄ってくれる理由は、その薬草の香りが私からしているせいかもしれません」


「まあ!では、その薬草を持っていれば竜に近づけるのかしら!」


「……ええと……それはわかりませんが……」


「母上!助教授のその薬草の栞をください!」と、ナーラスは母に詰め寄っている。


「あれは、ヘーゼルさんが私にくれた物だから渡さないわ!」と、シャナとナーラスは小競り合いをしている。


「ふふ……」


そこで、静かに紅茶を置いた前公爵夫人が口を開く。


「竜のこともそうですが……ヘーゼルさんは、アクオスとお出かけされたとか。そのお話も聞かせていただきたいわ?」


「アクオス様……ですか?」


「ええ。あの子が誰かと出かけるなんて、あまり聞かないことですから……興味があって。アクオスとは、どんなお話をされたの?」


「そうですね……ご一緒したのは一度だけなのですが……その時も薬草とか、竜の話とかをしました。あ、ナーラス様とナーラス様のお姉様のお話も……」


「まあ、アクオスが、この子たちの話を?」


そこで最初に驚いたのはシャナ。


「はい、とても楽しそうに……」


「楽しそうに!?あの子が!?」


今度はラグーナが少し驚いた声を出す。

ラグーナの笑顔が一気に満開になる。


(他にも話したには話したけれど……でも……アクオス様のご記憶のことは……ご家族にとっても触れたくないはず。ここは黙っておこう)


そう決めた矢先だった。


バンッ!!!


びくっとするほどの勢いで扉が開く。

反射的に肩を跳ねさせたヘーゼルの目に飛び込んできたのは、眉間にシワを寄せたアクオスだった。

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