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「まったく、ふざけてやがる……なんなんだ、あいつは!」
会議が終わり、夕暮れの騎士団の庭を歩くアクオスとカイロス。
カイロスは、先ほどの会議でのマキュベリー侯爵の一件をまだ引きずっていた。眉間には深いシワ、拳は固く握りしめられたままだ。
「仕方がないさ……竜騎士団が多めに予算を取っているのは事実だし、それに……竜舎に無断で入ってきた侯爵令嬢を、追い返したこともな」
アクオスがため息混じりに言うと、カイロスは思いきり顔をしかめた。
「……そんなもん、ただの私怨じゃねえか。ったく、あいつ一回、魔物の群れにでも放り込んでやった方がいいぞ。理不尽ってもんを思い知るからな」
「はは……一秒と持たないだろうな」
アクオスが肩をすくめて笑うと、カイロスは真剣な顔でぐっと拳を握り直す。
「くっそ〜……絶対あいつを、ぎゃふんと言わせてやる。例の赤い花、調査部に催促してくる!尻でも叩いてな!」
「そっちは騎士団にまかせる……では……」
アクオスが軽く手を上げて立ち去ろうとした、その時。
「あっ、待った!そうだアクオス、お前に伝えておくことがあった!」
「?なんだ、急に……」
「母上とシャナが、茶会を開くらしいぞ」
「……それがどうした?いつものことじゃないか?」
「いや、今回はちょっと違うんだよ……その、ナーラスが尊敬してる助教授を招くってさ……」
「ふうん。ナーラスのためにも、それは良いことじゃないか。何か問題でも?」
「いや……まずくはないと思うんだが……あー、あれだ、以前、竜騎士団に来てたろ?」
「竜騎士団に?助教授が?……知らないな、そんな人物は」
「だからあれだよ、女性の……ほら、竜を手懐けるって噂の……ヘーゼル・ガゼットだ」
「……ヘーゼル嬢?」
アクオスの足がピタリと止まり、目をぱちくりと瞬かせた。
頭の中で何かが電気のように走ったようで、思わず聞き返してしまう。
「なぜ、彼女が……?助教授……?」
「彼女、薬学の世界じゃかなり名の知れた人物らしいぞ。ナーラスは彼女の研究結果にだいぶ影響を受けたらしくてな」
「は?……で、それがなんで……母上たちとの茶会になるんだ?」
「だから、母上が張り切っているらしい……」
「いや、理由になってないだろう?どうして茶会になるんだ?」
カイロスは、しばし言葉に詰まったあと、ふっと悪戯っぽく笑った。
「……え?だって、アクオス、お前……ヘーゼル・ガゼットのこと、好きなんだろ?」
「!!!!」
アクオスは、カイロスの言葉に雷でも落ちたかのようにその場で硬直した。目を見開き、まるで時が止まったかのように動けない。
「……好き?……」
口からこぼれた言葉は、まるで自分自身に問いかけるような、掴みきれない響きを持っていた。
「あれ? 違うのか?」
カイロスが首をかしげながら、さらに追い打ちをかける。
「昨日、食事に行っただろ?アクオスが女性と二人で出かけるなんて前代未聞だぞ。好きじゃなかったら、そんなこと絶対しないと思ってたが……?」
「……好き? 俺が……ヘーゼル嬢を……?」
アクオスは、自分の胸に視線を落とし、心の奥を探るように言葉を紡ぐ。
「えっ、おいおい……まさか……気づいてなかったとか言うなよな?」
カイロスが焦ったように眉をひそめた。
「いや……たしかに話しやすくて……一緒にいて、心地いい相手ではあるが……でも、それって……好き、なのか……?」
「ちょ、嘘だろ!?本当に気づいてなかったのか、お前……?」
「彼女は……なんというか、好きっていうより……懐かしい……温かくて……そう、家族みたいな……」
「家族!?それって……夫婦じゃねぇか!いきなり最終地点に到達してんぞお前!」
「…………」
アクオスは、何も言い返せなかった。心の奥に落ちた一滴の言葉、「好き」が、静かに、でも確実に波紋を広げていた。
カイロスは呆れながらもニヤリと笑い、アクオスの肩をぽんっと叩いた。
「おい、お前、もしかして初恋か?……」
アクオスは、自分の心に芽生えている感情が何なのか、ようやく輪郭を帯びてきたような気がした。




