33
「最近は強力な異形種の魔物が増えているそうじゃないか!二日前にはドロンゴ村に魔物が現れて、村人が数人怪我をしたと聞いている!そこに通じる橋も壊された。修理にいくらかかるか……竜騎士団は一体なにをしていたんだ!」
重臣会議の場に怒声が響いた。
声を張り上げているのは、事務次官のマキュベリー侯爵。
今日は定例の魔物対策会議の日で、各部署の長官たちが一堂に会していた。
その中で、会議卓に座るアクオスは、腕を組んだまま目を閉じて静かに座っていた。
だが、先ほどからマキュベリー侯爵は妙に熱心に、竜騎士団を名指しで責め立てている。
(……あの件を、まだ根に持っているな)
アクオスは心の中で小さく息を吐いた。
もともとマキュベリー侯爵が、メレドーラ家の人間を快く思っていないことは承知している。
加えて数日前、侯爵の娘が招待もないまま竜騎士団の竜舎へ押しかけてきた件……娘をその場で即座に帰したことへの、あからさまな「嫌がらせ」だろうと、すぐに察しがついた。
「アクオス様、どうなのでしょう!?これは責任問題ではないのですか!」
マキュベリー侯爵は言葉を畳みかける。
「おい、お前な……さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手っ……!」
低く唸るような声で席から立ち上がったのは、騎士団長、カイロス。
その鋭い眼光と怒気を孕んだ声に、場の空気が一瞬で張り詰める。
「カイロス、私が答える」
アクオスは手を軽く上げて、隣で今にも暴れそうなカイロスを制した。
そして深く一度息を吐き、ゆっくりと発言する。
「まず、ドロンゴ村への到着が遅れたことは、私の責任です。確かに、北部と東部でも同時に異形の魔物が出現し、部隊を分散せざるを得なかった。ですが、それが言い訳になるとは思っておりません」
その口調は静かだったが、一言一言がしっかりと場を支配するような重みを持っていた。
「そして、異形の魔物については現在、調査部に正式な依頼をかけています。未確認種の増加、これは偶然ではない。すでに何か、異常が起きている可能性がある。近いうちに、その原因を明らかにするつもりです」
重苦しい沈黙の中で、アクオスの言葉が終わると同時に、数名の長官たちが小さく頷いた。
彼らは皆、現場の状況を知っている。竜騎士団がいかに日々命を賭けて動いているかも。
だが、マキュベリー侯爵は構わず机を叩いた。
「私どもは、魔物によって壊された橋や道路の修繕、被害の復旧にも関わっている!ここ、二年で予算は倍増してます!このままでは、国家の財政が破綻しかねない!それを、アクオス竜騎士団長は、どう考えておられるのだ!?ご意見を伺おう!」
カイロスは今や完全に顔を紅潮させ、ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえそうな勢いだ。
怒りを抑えきれず、拳が震えていた。
アクオスは、怒りに身を震わせるカイロスの肩にそっと手を置いた。
「落ち着いてくれ。感情でぶつかっても得るものはない」
静かに囁いた言葉に、カイロスはぐっと唇を噛みしめ、わずかに頷く。
そして、アクオスは再び重臣会議の場に目を向けた。
マキュベリー侯爵を真っ直ぐに見据え、堂々とした声で言葉を重ねる。
「侯爵の仰る通り、魔物によって国が受けている被害は深刻です。ですが、その裏で竜騎士団が命をかけて魔物を討伐し、被害を未然に防いでいる件数がどれほどあるか……ご存じでしょうか?」
ザワリ、と議場の空気が揺れる。
「過去半年で、私たちは計千九百件の魔物の討伐に成功しています。その中には、村一つを壊滅させかねない危険な個体も含まれていました。これは誇張でも誤報でもない。すべて、記録と証拠があります」
アクオスの言葉は、冷静でありながらも、どこか底冷えのするような静かな迫力を帯びていた。
「魔物の脅威は、確かに拡大している。予算が足りないのも事実です。だからこそ、責めるべきは前線に立つ者ではなく、魔物の異形化の原因である『何か』であるはずです。……現在我々は、魔物討伐と合わせて、その正体を暴くことにも力を入れています」
他の長官たちが次々に目を伏せたり、小さく頷く中で、マキュベリー侯爵は舌打ちをこらえるように唇を曲げた。
「……ほう、ではその『何か』を突き止めたとき、魔物の脅威は消えると?」
その問いに、アクオスはわずかに目を細めた。
アクオスが口を開こうとした、その直後。
「ふざけるな!竜騎士団長へ、そこまで言わせるのか!」
バンッ、と大きな音と共に立ち上がったのは、老齢の財務長官だった。
「いい加減にしろ、マキュベリー侯爵!竜騎士団の功績を無視して、言いがかりのように責め立てるなど、聞いていられん!国を守っているのは誰か……我々役人の誰が魔物と戦えると言うのか?!」
重々しい言葉に、他の長官たちも一斉に頷く。
マキュベリー侯爵の顔色が見る見るうちに赤から青へと変わっていく。
アクオスは、その様子を見ながらも、あくまで穏やかに微笑んだ。
「皆さま、ご理解とご協力に感謝いたします。魔物の異常さについては、必ず真相を突き止めご報告いたします。それまでは、どうか……竜騎士団を信じてお力添えください」
その言葉に、重臣会議の場の空気は完全にアクオスのものとなった。




