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「ヘーゼルさん、今朝、カルビン様からこれを預かったわ」


カレンは、ヘーゼルの宿に来ていた。

そして、白い封筒をヘーゼルにそっと渡した。


「カレンさん、わざわざすみません」


「いいのよ。注文票を届けに来ただけだから。それと、次回はちょっと量が増えちゃってるけど、よろしくね!」


「わあ……こんなにご注文いただけるのですか?本当に、嬉しいです!」


別で渡された注文票には、なんと今回の五倍もの薬の注文が書かれていた。納期は二十日後。


「カルビン様が『ヘーゼルさんの薬がすごく効く』って言ってくれてね。その話が竜騎士団の中で広まったみたいで、注文が一気に入ったのよ」


「まぁ……そうなんですね。とてもありがたいことです」


「じゃあ、私はこれで。またね!」


そう言って、カレンは近所の人に店番を任せているからと、急ぎ足で帰っていった。


ヘーゼルは封筒を手に、部屋の椅子に静かに腰を下ろす。

そして、無記名のその封筒を丁寧に開けた。


中から出てきたのは、一枚の紙。

手紙と呼ぶには、あまりにも短かかった。


「……本当に誘ってくださったのね…………」


明日の夕刻、お迎えにあがります。

お時間がないようでしたらご返信ください。

アクオス・メレドーラ


「ふふ。今まで、こんな短い手紙はもらったことがないわ……」


きっと、薬草の話をしたいと言っていた件だろう。

アクオスと薬草の話をする明日を、少しだけ楽しみにしながら、ヘーゼルはその夜を穏やかに過ごした。


そして翌日。

ヘーゼルは、カレンと街で見つけたクリーム色のサマードレスに身を包み、宿の前で待っていた。


ふだんは着ないような、柔らかな色合いのドレスに少し落ちつかない。

けれど、カレンは「最近のご令嬢がお忍びのときに着る流行りのデザインよ」と太鼓判を押してくれた。


夕暮れに染まっていく空を見上げるだけで、不思議と心が軽くなる。

ほんの少しだけ、胸が高鳴る。

誰もいない路地で、ヘーゼルは一人、夕空を見上げていた。


「こんばんは、お嬢さん。……一人かな?」


不意に声をかけられ、ヘーゼルは反射的に振り返った。

そこには、少し派手な装いをした若い男性が立っていた。


「こんばんは。これから人と会うので……待っているのです」


丁寧に挨拶をして、きっぱりと断る。

だが……

王都の男性というのは、田舎と違って本当にしつこい。


「そいつ、いつ来るんだい?まだ来ないんだろ?なら、ちょっとだけ、飲みに行こうよ」


男は勝手に距離を詰め、ついにはヘーゼルの腕をぐいっと掴んできた。


「やめてください!本当に人を待っているんです!」


腕を振りほどこうと必死に抵抗するが、男の力は見た目以上に強い。

ぐっと引っ張られて、腕に痛みが走る。


「あんた、さっきからずっと一人じゃないか。もうバレバレなんだよ、待ち合わせなんてウソつかなくていいからさ、な?」


男の口調は明らかに荒っぽくなり、目つきもいやらしく変わっていた。

ヘーゼルは必死で拒もうとするが、どうしても力では勝てない。


(怖い……!)


そのときだった。


「……おい」


低く、鋭い声が空気を裂いた。


ヘーゼルの腕を掴んでいた男の姿が、目の前からふっと消えた。


「……っ!?」


驚いて振り返ると、そこには高身長の引き締まった体に、風になびく金色の髪。

整った顔の額にかかる前髪の隙間から、冷たい夜を射抜くような青の瞳がのぞいている。


「ヘーゼル嬢。……お待たせして申し訳ありません」


夕焼けを背に、アクオス・メレドーラが静かに立っていた。


「アクオス様……」


胸に安堵が広がる。


「大丈夫ですか?」


アクオスは、ヘーゼルの顔を心配そうに覗き込んできた。


「え、ええ……。大丈夫です……」


ヘーゼルは涙をこらえながら、掴まれていた腕をそっとさする。

赤くなった肌を見たアクオスの瞳に、ふっと鋭い光が宿る。

無言でくるりと振り返ると、地面に転がって呻いている男に、ゆっくりと歩み寄っていく。


「アクオス様?」


「おい、お前、彼女に怪我までさせたのか」


「……ち、ちがう!彼女が一人で危なかったから声をかけただけだ」


男は必死に言い訳を並べながら、這うように後ずさる。

だが、アクオスの影がそれを覆い尽くす。


「いや、確かに彼女は怪我をしている。しかも、怖がってるぞ……そうか、お前の頭は正しいことを考えたのかもしれないが、お前の手は悪いことをしたようだな」


アクオスはそう言うと、その男の手を持ち上げて、あり得ない方向へとひねり上げた。


「ギャァッ!」


ひときわ高い悲鳴が、夕暮れの空にこだまする。

男は転げ回りながら腕を押さえ、声にならない呻きをあげた。


「騎士団に引き渡すが……万が一、また悪さをされると困る。とりあえず腕の関節を外しておいた。あとで嵌めてもらえ」


まるで道ばたの石ころでも片付けるような、冷淡な口調だった。

だが、その目には、確かに怒りの熱が灯っていた。

アクオスはそのままヘーゼルのもとへ戻ってくる。


「ヘーゼル嬢、大丈夫ですか?まず、その腕を治療しましょう」


「ありがとうございます。薬は自分で持っていますので……よろしければ、その間、宿の食堂でお待ちいただけますか?」


「それでしたら、まず彼を騎士団に引き渡してきます。治療が終わったら、部屋で待っていてください。迎えに行きます」


アクオスは部屋番号を聞くと、小さく「では」とだけ言い、再び男のもとへと歩いていった。

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