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そして、あれから数ヶ月が経ち、子供特有の回復力で、すっかり怪我が治ったレイは、自ら進んで、ヘーゼルの手伝いをしてくれている。


残念ながら、まだ記憶も戻らないし、親御さんの名乗りもないのだが……。


こんな小さな子がいなくなれば、本当なら親は血眼に探すだろう。

ここまで名乗りがないとなると、あの時、先生が言った「何かから逃げて来たのか……」と言う言葉に信憑性が出てくる。


そうだとしたら、これ以上、こちらから積極的に親を探すのも逆にレイが危ないのでは?と、考えた末に父と私は騎士団に報告して以降は、あまり騒ぎ立てずに静かに過ごしている。


私も父も、レイが来てから本当に家族が増えたみたいで、息子や弟だと言いながら、レイを可愛がり毎日楽しく三人で暮らしている。


ガゼット子爵家は、ヘーゼルを産み落としてすぐ母が亡くなり父とずっと二人きりだったが、最近は小さなレイの世話をしながら賑やかな毎日だ。


ここに来た当時と比べると、レイはとても明るく活発になり、近所の子供達と遊んでいる姿など、どこからみても元気一杯の歳相応の男の子になった。


……が、相変わらず、綺麗な顔とどことなく品のある所作で完全には溶け込めてはいないが、本人が楽しそうなので、良しとしよう……。


レイは、活発に遊び、笑顔が絶えない明るい子なのだが、たまに、空を駆ける竜騎士を見た時だけ、なんとなく険しい顔をしている事がある。


(竜……嫌いなのかな?でも、嫌いと言う感じでもないような……何か、竜にまつわる記憶でもあるのかな?)


竜のことが好きなヘーゼルは、そんなレイの険しい顔を見た時に、ほんの少し寂しくなる。


ヘーゼルは、竜が好きだ。


小さい頃、父の目を盗んで、湖で一人で遊んでいた時に、水辺に輝く赤い石を見つけてそれを取ろうと夢中になり、掴んだ瞬間に誤って湖に落ちたことがあった。

湖から出ようと暴れれば、暴れるほど、服に水が染み込んで重くなり、湖に沈み溺れていった。


正直、死ぬと思ったあの時の恐怖は今でも思い出したくない。


そんな時に、助けてくれたのが、白い大きな竜。


溺れていたヘーゼルを、一匹の大きな竜が舞い降り、鋭い足でしっかりと掴み上げた。

そのまま陸地へと運ぶと、草の茂った岸辺にドスンと下ろす。


幸い、地面には柔らかな草が生い茂っていたため、衝撃はさほどなく、体に痛みはなかった。

けれど、水の恐怖はあまりにも強烈だった。

ヘーゼルは堪えきれず、大きな声で泣き出してしまった。


それに気がついた父や母は、大きな竜の前で大泣きしている我が子を守ろうと、竜に向かって棒を振り回したり、石を投げたりしてしまった。


竜は、燃えるような炎の赤い目で一度ヘーゼルを見つめると、羽をばさりと広げ、空高く飛び去っていった。


その手の中に握っていたはずの石は、いつの間にか消えており、掌にはただ、きらりと光る赤い粉だけが残されていた。


ヘーゼルは涙に濡れた顔で事情をまくしたて、どうして竜をいじめたのかと、必死に両親を責めた。


後日、人を助ける野生の竜はいないと聞き、きちんと竜に謝りたいと考えて、竜といえばここだと言われている、竜騎士団を訪ねてみたが、体が白く目が赤い竜など、そんな竜の話は聞いたことがないと軽くあしらわれ門前払いをされた。

その後も、その命の恩人(恩竜?)には会えなかった。


そもそも、竜は大抵、黒っぽいか赤っぽい、もしくはたまに黄色の竜がいるが、白い竜など聞いたことがなかった。


ヘーゼルも、その時は見間違いだったのだろうか?あんなに白かったのに?と、自分の記憶を疑ったのだが、しばらくして、それが間違えではなかったと言える出来事が起きる。


白い竜に乗る、最年少の竜騎士団長が誕生したと、世間が騒いだ。

竜騎士団は実力主義で、団長より力の優れたものが現れると、すぐに団長が交代になることでも有名だ。


その団長と言う地位を決めるのも、竜なのだとか。


竜の強さと、その竜を操る力、そして人としての強さ。

全てにおいて優れた人物だと、竜に判断されると全竜が騎士団長に従うらしい。

そのため、竜が絶対の竜騎士の団員は、その竜の判断に従わなければならないそうだ。


(やっぱり、あの時の竜は白かったのだわ!新しい竜騎士団長さんは、あの時の白い竜に乗っているのかしら……それとも、竜の谷には他にも白い竜はいるのかしら……?)


そんなわけで、ヘーゼルは命の恩人の竜が大好きだ。

あの時、お礼もできず、あまつさえ両親が竜に攻撃をしてしまった。

あの竜には謝っても謝りきれない。


ヘーゼルは、あの時の謝罪も込めて、竜たちが好きな薬草を湖の側で育てている。


この竜のおやつになる薬草は、手をかけないとすぐに死んでしまう弱い草で、育てるのも大変なため、ほとんど流通していない。

ヘーゼルはその薬草と相性が良く、ヘーゼルが育てた薬草は生き生きとしており竜に大人気だ。


ただ、竜騎士団には『この薬草は自然に生えているので、好きなだけ食べてもいい』と父から伝えてもらっている。


それはなぜかと言うと……


この辺では、ここにしかない薬草だ。きっと竜騎士団の方は人が育てているとわかったら、遠慮して来なくなってしまうか、もしくはお金を払うなどと言ってくるかもしれない。

ヘーゼルは気兼ねなく竜たちに来て欲しくてあえてそう言ってもらっている。


たまに、湖に水を飲みにくる竜が、その薬草をおやつ代わりに食べて行くのを、こっそり遠くから見るのをヘーゼルは楽しみにしている。


竜は、自分が認めたものしか自分に近づかせないので、遠くで竜を見れるだけでも幸せなのだ。

……しかし、悲しいことに、まだあの白い竜がヘーゼルの薬草を食べて来てくれたことはない。


(竜は賢く、人よりも数倍優れていると聞くわ。もしかして、昔、父や母に攻撃されたことを覚えていて、ここには寄り付かなくなってしまったのだろうか……)


ふとその事を思い出して悲しい気持ちになり、ベリーを積んでいた手を止めていると、レイがヘーゼルを探しに来た。

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