29
「さあ、では家族会議を開きますわよ!」
家族会議の第一声はいつも母から始まる。
ラグーナは、月光を溶かしたようなグリーンゴールドの髪に、大きく澄んだアクアマリンの瞳。
小ぶりで整った顔立ちは、まるで絵本から抜け出したように愛らしい。
とても成人した子どもが三人もいる母親には見えず、初対面の者はたいてい年齢を聞いて二度見する。
そんな童顔の美女だ。
「ラグ、食事をしながらでもいいんじゃないか?」
父、元メレドーラ公爵のワイアットは、遠慮がちに口を挟む。家の中では、母に忠犬のようについて回るほど、ラグーナのことが大好きだ。
「ワイアット、何を悠長なことを言っているの?これは由々しき事態なのよ」
「まあ、そうかもしれないが……孫たちがお腹を空かせてるかもしれんだろう?」
その言葉に、ラグーナは斜め前にお行儀よく座っている二人の孫に視線を向けた。
十五歳のゼルダと十三歳のナーラス。
「確かに、そうね。ゼルダ、ナーラス、ごめんなさいね。食事をしながら話しましょう」
「大丈夫ですわ、おばあ様。私たちは平気です。それよりも、アクオス叔父様の件が重要ですわ」
ゼルダがナーラスと視線を交わし、しっかりと頷き合ってから、ラグーナへ向き直る。
ゼルダは現公爵サキレスの長女。母譲りのさらさらとしたブラウンの髪と、祖母譲りのアクアマリンの瞳を持つ美少女だ。さらに叔父譲りの剣の腕を兼ね備え、まさに無敵の美少女。
弟のナーラスはというと、父似のややカールがかった金髪に、垂れ目気味のやさしい青紫の瞳。静かで控えめな性格だが、品のある雰囲気が漂う少年だ。ナーラスはメレドーラの才知と呼ばれる父譲りの聡明さを受け継ぎ、将来の夢は研究者になりたいといつも言っている。
「ゼルダ、ありがとう。でも、確かに話は長引くかもしれないから、やっぱり食事をしながらにしましょうね」
可愛い孫に微笑みかけながら、ラグーナが答えると、今度はカイロスが口を開いた。
「それでは、母上。先日の遠征で立ち寄ったリーガロ村で、母上のお好きそうなワインを買ってきたんですよ。何本かありますので、開けていいですか?それと、子どもたちには甘口の葡萄ジュースを」
カイロスが侍従に目配せすると、子供たちは嬉しそうに目を輝かせる。
「まぁ、カイロス、うれしいわ。シャナも一緒に飲むわよね?」
ラグーナが声をかけたのは、サキレスの妻、シャナ。
「ええ、お義母様。いただきますわ」
サキレスの妻、シャナは、とても華やかな美女だ。
印象的な目鼻立ちに、さらさらとした赤みのあるブラウンの髪。
切れ長で涼やかな薄紫の瞳が、その美貌に独特の雰囲気を添えている。
そして何よりも、その顔にはいつも、いたずらっ子のような笑顔が浮かんでいる。
「シャナ、あまり飲みすぎないようにな」
心配そうにサキレスが付け加えると、シャナがにこりと笑う。
「大丈夫よサキレス。この前みたいに悪ノリしないわ。今日は味わって飲むのだから」
ちなみにこの前というのは、ラグーナとシャナがチェスで負けた方が飲むという謎の勝負をして、見事シャナが潰れて二日間寝込んだ事件である。
ラグーナは酒に強く、シャナはチェスが強い。良い勝負だったが、結果はご想像通り。
やがて、ワインを抜いた執事が皆のグラスに注いで回り、子どもたちには葡萄ジュースが用意された。
「それでは、乾杯!」
父の合図で、食事が始まる。
「まあ、私の好みにピッタリのワインね。カイロス、これは当たりだわ」
「うん、これは美味い。とても滑らかで、香りがまた良い」
「父上と母上、二人に喜んでいただけたなら、何よりです」
満足気に微笑みながら、ワイングラスを回すカイロス。
その姿を見たナーラスも真似をして、葡萄ジュースのグラスを回して一口飲む。
「……っ!!」
ナーラスは目を輝かせて一気にグビグビと飲み干した。
「ナーラスも、気に入ったようだな」
カイロスが笑う。
そうして、みんなでワインと料理を楽しんでいると、ラグーナがフォークを置いて切り出した。
「さて、ではそろそろ本題よ。カイロス説明して」
「はい、母上……アクオスに、好きな女性ができたようだ」
「「「えぇぇぇっっっ!?」」」
驚きの声が、家族全員の口から揃って飛び出した。
「い、いや、まさか。あのアクオスだぞ?」
まず、サキレスが首を振る。
「いや、それが本当みたいなんだ。イーライが言ってた」
「イーライ副団長か……それなら情報源としては間違いないな」
サキレスは納得したように頷いた。
「ええっ!?叔父様、イーライ様にお会いしたの!?私も会いたかったわ!ずるいっ!」
ゼルダは身を乗り出し、頬をぷくっと膨らませてカイロスを責める。
イーライは、ゼルダの憧れの人らしい。
ぷんすか怒るゼルダに、カイロスは笑いながら「また今度な」と軽く宥めた。
「それで?お相手はどこのご令嬢なの?私、会ったことあるかしら!?」
シャナが目をキラキラさせながら、わくわくと身を乗り出す。
「……いや、シャナどころか、たぶんここにいる全員が会ったことないと思う」
「まぁ!そんな逸材がいたなんて!お義母様、早速お茶会を開きましょう!!」
「まあ、まあ、シャナ。もちろんお茶会は開きたいわね。……それで、カイロス、どちらのお嬢さんかは、もう調べてあるのでしょう?」
「調べるまでもないよ。イーライが教えてくれた。ヘーゼル・ガゼット子爵令嬢だ」
「ヘーゼル・ガゼット?……うーん、確かに聞いたことない名前ね……」
シャナが首を傾げる。
「まあ!子爵令嬢なのね。それなら三男のお嫁さんにはいいじゃないの!一人娘なら完璧だわ!……どうなのかしら?」
と、ラグーナは満足げに笑う。
「ヘーゼル・ガゼット……?」
ナーラスが小さく首を傾げ、その名前を繰り返す。
そして、黙り込んだ。
「お?どうした、ナーラス。まさか知ってるなんて言わないよな?」
大人が知らない令嬢を十三歳のナーラスが知っている訳はないと、カイロスが軽口を叩いて笑うが、ナーラスの次の言葉で、その笑みは消える。
「……あっ!思い出した!ヘーゼル……たぶん、あれだ……カイト!僕の部屋の本棚にある、緑色の表紙の薬学の本、早く、持ってきて!」
近くに控えていた執事に、興奮した様子で声をかける。
「はい、ナーラスぼっちゃま。ただいま」
数分後、カイトが緑色の分厚い本を小脇に抱えて戻ってきた。ナーラスはそれを受け取ると、小さな手でパラパラとページを捲る。
「あった!やっぱり……ヘーゼル助教授だ!!」
「助教授……?」
誰もがぽかんと口を開けたままだ。
「アグルス学園の研究員で、教壇には立っていないけど、薬学の分野ではすごく有名な人なんだよ!この薬学の本では、いくつもの新薬について論文を発表してるんだ。たとえば、飲む風邪薬とか、水あたりに効く粉薬とか、僕たちも使ってるやつ!」
ナーラスは興奮して早口になる。
「……あの、草の味の……妙に効く薬か?」
その薬の味を思い出したサキレスが、微妙な顔で尋ねる。
「うん、あの薬を作ったのがヘーゼル助教授だよ。すごいよね!アクオス叔父さん、あのヘーゼル助教授と結婚するの!?どうしよう、僕の叔母上になるの!?早く助教授に会いたいよ!」
薬学オタクの本領を発揮し、目を輝かせるナーラス。
ナーラスは物心ついた頃から植物に興味を持ち、庭に生えていた雑草すら片っ端から観察し、乾燥させ、粉にし、勝手に調合しては家中を騒がせていた。
当然、学園の専攻は薬学一択。
今では薬草の匂いだけで産地を当てる特技まで身につけてしまったほどだ。
そんな息子の目が、今、キラキラと輝いている。
「ナーラス、残念だけど、アクオスはまだ婚約してるわけじゃないの。結婚となると……話はまた別よ」
と、シャナが苦笑混じりに言って、期待に胸を膨らませる息子をやんわりとたしなめる。
だが、ナーラスはめげない。
「いや、でもさ、アクオス叔父さんなら、ヘーゼル助教授の素晴らしさに気づいてるはずだよ!」
まっすぐな眼差しで言い切るナーラスに、大人たちは苦笑い。
「それは、まあ、アクオスのことだからな……中身で人を見るタイプではあるし……」
と、サキレスが腕を組みながら頷く。
「まあ、まあ、その話もこれからよ。シャナ、やはりお茶会開きましょう。ヘーゼルさんをお招きして、アクオスの背中を押すのよ!」
と、ラグーナが提案する。
……こうして、メレドーラ公爵家では今日を境に、アクオスの恋路をめぐる一大作戦が、水面下で……いや、かなり表立って、動き出したのである。
想像以上に大勢を巻き込んで、にぎやかに、そして勝手に。
アクオス本人がそれを知るのは、もう少しだけ先の話になる。




