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しばらくのあいだ、二人は言葉を交わさず、お茶を静かに口にしていた。

やがて、アクオスがゆっくりとカップを置き、口を開いた。


「……それで、私に用とは?」


「あっ、はい。すみません、思わず寛いでしまいました……。ええと、こちらをお見せしたくて……」


ヘーゼルは、そっとテーブルの上に革袋を置いた。


「これは?」


「道中で見つけた花です。こちらに来る途中、林の中に咲いていました」


「花?……開けても?」


「ええ。ただ……素手で触らないほうが良いかと思います。私が手袋を持っていますので、私が開けます。何か、汚れても構わない紙などありますか?」


「汚れても……それなら、この書き損じの紙を」


アクオスが差し出した紙の上に、ヘーゼルは慎重に革袋の中身を取り出した。手には厚手の手袋をしている。


「……これは!」


思わずアクオスが声をあげる。

紙の上に現れたのは、どす黒い血を思わせるような赤い花だった。香りが強く、葉には細かいトゲが並び、茎はどこか毒々しい紫色をしている。


「無礼を承知で申し上げますが……昨日、団長様の机から落ちた書類を拾おうとして……中身が少し見えてしまったのです。それで気になってしまって……」


「ちょっと待って……あれは、たしかこっちに……」


アクオスはソファを離れて机の上の書類の束の元へ向かい、数枚の紙を取り出すと、すぐに一枚をヘーゼルの前に差し出した。


「これですよね? 昨日、あなたが見たのは……」


「はい、それです。……『匂いがきつい赤い花』という記述があって、この花を思い出しました。現地では、今よりもっと強烈な匂いがしていて……。摘んだあと時間が経ったら、匂いは少しずつ薄れていったようです。だから革袋に入れて、密閉して持ってきました」


「なるほど……。この色、この構造……確かに、報告書の記述に近い。どこで見つけたのですか?」


「地図があれば、お示しできます」


「あります。今、出します」


アクオスがすぐに地図を持ってくると、ヘーゼルは花を見つけた場所を指で示す。


「……この辺りです。八株ほどが、まるで植えられたかのように並んでいました。不思議なことに、見渡してもその一角にしか咲いていなかったのです。それがどうにも不自然で……」


「……人工的に植えられたように見えた、というわけですね」


「はい。誰かが意図してそこに咲かせていたような……そんな印象を受けました」


アクオスはしばらく無言で地図と花を交互に見つめていた。

室内の空気が、わずかに重くなる。


「この花……お預かりしても?」


アクオスが花に視線を落としたまま、静かに問いかける。


「ええ、かまいません。どうぞ、差し上げます」


ヘーゼルは迷いなく頷いた。


「貴重な情報を……本当にありがとうございます。これは、私たちにとって重要な手がかりになるかもしれません」


「いえ……お役に立てるのかどうかはわかりません。ただ……気になって、つい、いつものクセで採取してしまって……今となっては、そうしておいてよかったと思います」


ヘーゼルの声は控えめながらも芯があり、その誠実さにアクオスは目を細めた。


「……助かります。本当に」


アクオスは丁寧に花を革袋ごと手に取り、慎重に保管するように引き出しへとしまった。

室内に流れる静けさは、先ほどよりもどこか落ち着いたものになっていた。


「ところで、ヘーゼルさんは、いつガゼット領にお帰りになるのですか?」


「あ、ええと……王都には、一週間ほど滞在する予定です」


「そうですか。それなら、よろしければ今度、お礼もかねてお食事でも?」


「い、いいえっ!そんなっ、団長様にそのようなお気遣いをいただくなんて!お気持ちだけで、十分です!」


ヘーゼルは慌てて首を横に振った。


「……うーん、言い方が悪かったですね」


アクオスは少し考えるように視線を落とすと、言い直した。


「私も、薬草に興味があります。だから、ヘーゼル嬢とゆっくりお話しできたらと思いまして。食事でもしながら、どうですか?」


「まあ……団長様も薬草に?」


「はい。なぜか、興味があるんです」


「ふふっ……『なぜか興味がある』なんて、ちょっと変な言い方ですね。でも、わかりました。では……団長様のお時間が取れた時にでも」


ヘーゼルは微笑みながらそう答えた。


竜騎士団は、予測もできず頻繁に現れる魔物の討伐に日々追われている。

アクオスが「食事を」と言ったところで、それが本当に実現するかは分からない。

きっと、約束は約束でしかない。

そんなふうに思いながらの返事だった。


「ああ、それと……私のことは『団長様』ではなく、アクオスと呼んでください。騎士団には団長が二人いますので、少し紛らわしいんですよ」


「……ええと……そうですか。でも……本当に、よろしいんですか? その……団長様をお名前でお呼びするなんて、ちょっと馴れ馴れしすぎる気が……」


「馴れ馴れしくなんてないですよ。ヘーゼル嬢はさっきダミアンのことは名前で呼んでいましたよね? だったら、私だけ団長と呼ばれるのは……少し寂しいですね」


アクオスはそう言って柔らかく微笑む。


「……そ、そうですか……では……ア……アクオス様、と……」


ヘーゼルがその名を口にした瞬間、アクオスは満足そうににっこりと微笑んだ。


(恐れ多いわっ!!)


ヘーゼルは心の中で叫びながらも、ぎこちない笑みで返すしかなかった。


(外でアクオス様なんて呼んだら、周囲の女性たちから殺されそう……)


思わず苦笑いが漏れてしまう。


困ったことになった、と肩をすくめながらも、アクオスの優しい笑みに、どこか心が温かくなっている自分に気づいた。

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