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「本当に申し訳ありません。ジルが気づいてあの場に行かなければ、大変なことになっていました……」
ダミアンは、出口から現れたヘーゼルに頭を下げた。
それは自分の管轄外の騎士による行為だったが、彼は騎士団という組織の一員として、その責任を自分のことのように受け止めていた。
ヘーゼルはそんな彼に会釈を返しながら、彼と並んで竜騎士団の本営へ向けて歩き出す。
そのすぐ後ろを、黄色い鱗を持つ竜、ジルがとことことついてくる。
ふたりは時折立ち止まり、ジルの様子を振り返って確認しながら進んだ。
「いいえ、突然押しかけてきたのは私の方です。かえってダミアン様のお手間を取らせてしまって……本当に申し訳なく思っております」
ヘーゼルが頭を下げると、ダミアンはすぐに首を横に振った。
「そんなことはありません。昨日、あなたがあの薬草を育てて管理されていると聞きました。ジルの怪我がすぐに癒えたのはあの薬草のおかげです。心から感謝しています。竜騎士団全員が、あなたに感謝しているんです。ありがとうございます」
「ダミアン様……」
ヘーゼルは、ほんのわずかに目を伏せ、穏やかに微笑む。
「昨日も団長様に申し上げましたが、どうかお気遣いなさらないでください。竜騎士団の皆さまは、いつも民を守ってくださっているのですから。私どもにできる、ほんのささやかな恩返しにすぎません。竜たちがあの草を気に入ってくれるだけで、私はそれだけで十分嬉しいのです」
「……そうですか。本当にありがたいです。ヘーゼルさん、またあの湖に立ち寄らせてもらいますね」
ダミアンが柔らかな微笑みを浮かべて、感謝の言葉を口にする。
「ええ、ぜひいらしてください」
ヘーゼルも穏やかに微笑み返した。
「では、団長が執務室にいらっしゃるか確認してきますね」
そう言って、ダミアンは先に建物の中へと歩いていく。
ヘーゼルは、後に残され、ジルと一緒に静かにその場で待っていた。
ジルは地面に前脚を折って座り込み、じっと彼女のそばに寄り添っている。
しばらくして、ダミアンが戻ってきた。
「お待たせしました!ヘーゼルさん、こちらにどうぞ」
呼びかけられ、ヘーゼルは頷いて歩き出そうとしたが、ふと足を止める。
そして、静かにジルに向き直った。
「ジル君、先ほどは……私のために怒ってくれてありがとう。あの時、あなたが来てくれたおかげで助かりました」
そう言って、ジルの目をまっすぐ見つめた後、そっと微笑み、お辞儀をする。
ジルは鼻先をふんと鳴らすように動かし、小さく尻尾を振って彼女に応えた。
ヘーゼルは再び歩を進め、静かに執務室の扉へと向かった。
部屋に入ると、アクオスはひとりで机に向かっていた。
彼はヘーゼルの姿を認めると、すぐに立ち上がり、穏やかな声で迎え入れる。
「すみません、ヘーゼル嬢。お待たせしました……ダミアンから聞きました。ご不快な思いをさせてしまったようで……」
「いえ、急に約束もせず押しかけてしまった私が悪いのです。ご迷惑をおかけしました……申し訳ありません」
ヘーゼルは、恐縮した様子で頭を下げる。
「なにか、私に伝えたいことがあるとか……?」
「はい。実は、ちょっとお話したいことがありまして……」
「あ、その前に……お茶を入れますね。どうぞ、こちらのソファにおかけください」
アクオスは、手慣れた動きで湯を沸かし始めた。
「団長様! そんなこと、なさらなくて結構です!お話ししたら、すぐに帰りますので……」
竜騎士団の団長という立場を思えば、忙しいのは当然だろう。
いきなり訪ねてきて、さらにお茶まで淹れてもらうのはあまりに気が引けて、ヘーゼルは慌てた様子で手を振る。
しかし、アクオスはゆったりとした動きでティーカップを用意しながら微笑んだ。
「いいんですよ。そろそろ休憩を取ろうと思っていたところでした。むしろ、ちょうど良かったぐらいです」
その穏やかな笑みに、ヘーゼルは少し肩の力を抜いた。
「……なんだか、いろいろと本当に申し訳ないです……」
「いいえ。ヘーゼル嬢は、いつも竜たちを大切にしてくれている。私たちにとって、それは何より嬉しいことなんです。これくらいのこと、なんでもありませんよ」
そう言って差し出された温かな湯気が立つカップを、ヘーゼルはそっと受け取った。
彼の真摯でやさしい眼差しに、胸がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。




