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「ねえ!お父様、アクオス様がお茶会に出席するように取り計らってよ!!」
マキュベリー侯爵家のリビングで、娘のマーガレットが甲高い声で叫んでいる。口元には真っ赤な紅を差し、薄桃のドレスを揺らして、まるで舞台女優のような熱演ぶりだ。
マキュベリー侯爵のカールは、黙ってグラスを手にしながら、その喚き声を聞き流していた。
よくもまあ飽きもせず喚き散らせるものだと、呆れるを通り越して妙に感心さえしていた。
「あなた!マーガレットの願いを叶えてあげるのも父親の役目です!こんなにこの子が望んでいるのです。なんとかしてください!」
妻のアイーダの声も重なる。
娘と一緒になって、耳をつんざく金切り声で責め立ててくる。
カールは、内心ため息をついた。
(ああ……煩い)
「……ああ、そうだな」
「『そうだな』じゃありませんよ!いつアクオス様にお話ししていただけるのですか!」
(……家でも外でもアクオス、アクオスとみんなで騒ぎやがって……)
妻と娘の声が鋭く刺すように続く中、カールは静かにグラスの中の氷を揺らした。
その表情は微笑をたたえたままだったが、内側ではまるで黒く濁った泥水のような感情がゆっくりと渦を巻いていた。
(なぜ、あんな若造たちがここまで持て囃される……。国王も殿下も……議会の奴らもそうだ……どいつも、こいつもメレドーラ公爵家の話ばかり……)
「わかった。今度、アクオス様に話してみよう」
「お父様!ほんとね!?前もそう言って何もしてくれなかったんだから!」
「……ああ、マーガレット、約束だ」
「あなた!今度こそアクオス様を我が家に連れてくるのですよ!他家に出し抜かれるのは絶対に許しませんよ!」
「……ああ、アイーダ、わかっているさ……」
カールはにっこりと笑顔を作りながらも、その眼には冷たい光が宿っていた。
握ったグラスの縁が、わずかに軋む音を立てる。
(そう……わかってる……もう少しの我慢だ……もう少ししたら……永遠にその名前を聞かないですむ……)
翌朝、朝食を終えて身支度を整えたヘーゼルは、ある『届け物』を手に竜騎士団の宿舎へ向かった。
竜騎士団に用がある時は、お城の入口にある騎士団受付を通るのが決まりである。
(約束もなく突然来るなんて……私、何をやってるの……)
後悔の念に苛まれながら、ヘーゼルは受付を通ったが…………。
今、ヘーゼルは騎士団の尋問室にいた。
「……ですから、竜騎士団長にお伝えしたいことがありまして……」
「何度も同じことを言わせるな!そうやって竜騎士団に取り入ろうとする奴がどれだけいると思ってるんだ!本当の目的を言え!」
「本当の目的?……違います。ただ渡したいものがあって……!」
「ふん、甘いぞ!貴様のような者が、竜騎士団に近づけると思うなよ!」
いくら説明しても、騎士は耳を貸してくれない。
ヘーゼルは、状況の理不尽さに打ちひしがれ、椅子の上で肩を落とした。
「身元引受人がいないなら、ここから出すことはできん」
「そんな人……おりません……」
「なら牢屋行きだ。本当のことを言うまでな!」
「言ってます!何度も言ってるじゃないですか!」
さすがのヘーゼルも、ついに語気を強めてしまう。
「あぁ!?その態度はなんだ……強制的に口を割らせてもいいんだぞッ!」
尋問している騎士が椅子を蹴るようにして立ち上がり、
縮こまるヘーゼルに威圧的に詰め寄ったその瞬間……
ズズンッッ!
尋問室の背後、小窓の外から大きな地響きが轟いた。
ヘーゼルには見えないが、騎士の表情が引きつる。
「グルルル……」
重く低い唸り声が室内に響き、ヘーゼルはようやく異変に気づく。
振り返ると、小窓から覗くのは……
濃い黄色の鱗を纏った巨大な竜の鼻先だった。竜は唸り声とともに牙をチラリと覗かせている。
「……ヘーゼルさんですか?」
その竜の背から、見覚えのある青年の声がした。
「ジル君?」
「ええと……ダミアンです……」
「あっ……まあ、ダミアン様。こんなところから失礼いたします。おはようございます。ジル君のお散歩ですか?良い朝ですね」
正直言って場違いな挨拶だが、ヘーゼルはできるだけ明るく微笑み、竜に近づいて挨拶をする。
「ヘーゼルさん、おはようございます……。ところで、そんな場所で何をしているんですか?」
「えっと……団長様にお伝えしたいことがあったのですが、約束もなく来てしまいまして。で、こちらの方から取り調べを受けております」
「取り調べ……?……そりゃジルが怒るはずだわ……」
ダミアンはジルの背から身を乗り出し、尋問室の小窓越しに騎士へ声をかける。
「おい、そのご令嬢は俺たち竜騎士団にとって大切なお客様だ。見たところ、お前の独断で取り調べているようだな?もしそうなら、上官に確認させてもらう。部隊と名を言え」
「ひっ、ひぃぃぃっ……!申し訳ありません!アクオス様の身辺を探る者が多くて……それで、念のため……ですが、誤解だったようで、す、すぐにご令嬢をそちらにご案内します!善意でやったことではありますが、本当に申し訳ありませんでした!」
「……俺はお前に『部隊と名を言え』と言ったんだ。この狭く汚れた部屋で、大切な来客を尋問するなど、到底許されることではない」
「も、も、申し訳ございませんっっっ!!!!!!!」
尋問室に響き渡る、悲鳴のような謝罪。
ヘーゼルは震えながら土下座しそうな勢いで謝る騎士を、無言で見つめた。
確かに、強引で無礼な扱いを受けた。
だが……
あの美丈夫なアクオス様に不用意に接触を試みる者が後を絶たないのも事実だろう。
この騎士のやり方には問題があるが、それでも騎士としての職務を果たそうとしていたのだろう。
(……なら、ここは波風を立てない方がいい)
ヘーゼルは心を静め、丁寧に一礼して言った。
「ダミアン様。この方も、おそらく職務を全うしようとされた結果です。私は少し話を聞かれただけで、乱暴なことはされておりません。ですので……この件、どうか不問にして差し上げてください」
「ヘーゼルさん……」
ダミアンがわずかに目を見開く。
その時、後ろのジルが低く、長く唸った。
「グルルルルルル……」
怒りを抑えきれず唸り続ける竜に、ヘーゼルは優しく微笑みかけた。
「ジル君も、私のために怒ってくれたんですね。ありがとうございます。でも、私は元気です。だからもう、大丈夫です」
そう言って、ヘーゼルは窓には届かないが、小さな手をジルの鼻先へとそっと伸ばした。
竜は唸りを止め、静かにヘーゼルを見ているようだ。
「……わかりました。では、竜騎士団までご案内します。団長の元へお連れしますね」
ダミアンはヘーゼルへ柔らかな声でそう言ったが、その直後、ヘーゼルの後ろにいた騎士へと冷たい視線を向けた。
「……おい、お前。ヘーゼルさんが優しい方でよかったな。俺はここまでヘーゼルさんに言われたらお前の処罰をあきらめるが……団長にはすべて報告する。覚悟しておけ」
「ひぃっ……ゆ、許してください……!」
騎士は全身を震わせ、顔面は真っ青だった。
「早く、ヘーゼルさんを出口までお連れしろっ!」
「は、はぃぃっ!!」
先ほどまでの威圧はすっかり消え失せ、騎士は半ば転げるように尋問室の鍵を開け、外へ飛び出していった。




