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「ただいま戻りました!」


ヘーゼルが会場に戻ると、すぐにカレンがこちらを振り向いた。


「お帰りなさい!」


笑顔でそう言ったカレンだったが、続けて少し興奮気味に話し出す。


「大変なのよ!魔物が出たみたいで……決勝戦の途中だったのに、竜騎士様たち皆飛び出して行っちゃったの。このまま中止になっちゃうのかしら……」


人もまばらになった広場を見ながら残念そうな顔で肩を落とすカレン。


「……そうですね。魔物の討伐に向かわれたのなら、おそらくこのまま終わりになるかもしれませんね……」


「そうよね……でも、すっごくいい試合だったのよ!しかも、カルビン様が決勝戦に出場されてて!」


「カルビン様が!?……それは、ぜひ見てみたかったです!」


「やっぱり模擬戦って、見ていて本当に楽しいわよね。へーゼルさん、途中からだったのは残念だったけど……二試合くらいは見られたのかしら?」


「そうですね。二試合は、ちゃんと見られたと思います」


「……二試合見られたなら……それで良かったのかしら」


「はい。カレンさん、ありがとうございました」


ヘーゼルはそう言って、カレンに向かってぺこりと頭を下げた。


「……ところで、どうして呼び出されたの?」


「ああ、それは……」


ヘーゼルが少し苦笑いを浮かべ、言いづらそうに言葉を濁すと、カレンは察したようにやさしく微笑んだ。


「無理に言わなくてもいいわよ」


そう言って、軽く笑ってくれたカレンに、ヘーゼルは小さく感謝の気持ちを込めて頷いた。


その後まもなく、会場の係の人が「本日の模擬戦は魔物討伐の為、これで終了です」と声をかけに来た。

カレンは残念そうだったが「ちょうどいい時間だし、ご飯でも食べて休憩してからお買い物に行きましょうか」と提案してくれた。


二人は、カレンの友人が営んでいるという美味しい定食屋に入り、ひと休みしてから街に遊びに出かけた。

けれど、ヘーゼルの心の中にはずっと、あの赤い花のことが引っかかっていた。


『魔物を異形にする花』


(明日、竜騎士団にきちんとこのことを伝えなければ……)


ヘーゼルは心にそう誓いながら、笑顔のカレンに歩調を合わせた。




「また異形種だっ!!」


デルダが叫びながら、目の前に現れたぶよぶよとした魔物へと突っ込んでいく。

鋭く剣を構え、その塊に切りかかった。


「前回よりは小さいが……数が多すぎる……!」


その魔物は、人間より少し大きい程度の、ぬめりのある塊だった。

地を這うように移動し、じゅるじゅると湿った音を立てながら群れをなして迫ってくる。

目視で十数体、もっと奥にもいる気配がする。


デルダの剣が一体を斬り裂いた。

しかし、切れ目からこぼれた粘液が蠢き、瞬く間に形を戻す。


「くっ……切っても、再生するのか……!」


切っても切っても倒れない。デルダは歯噛みしながら、一歩も引かず剣を構え直す。


「どうだ?!デルダ」


イーライが剣を抜きながら、デルダの傍らに駆け寄る。二人の竜は上空を低く旋回し、いつでも支援できる態勢を取っていた。


「切っても全くダメージがないですね。となると……熱では?」


デルダは鋭く指笛を鳴らす。


「フェイ、来い!」


その声に応じて鮮やかな赤い鱗を纏ったフェイがデルダの元にやってくる。

フェイは火属性の竜。

デルダの長年の戦友にして、あらゆる戦場を共に駆けてきた相棒だ


デルダは無駄のない動きでフェイの背に飛び乗った。


「行くぞ、フェイ。奴らを焼き払う!」


フェイが咆哮を上げると同時に、その翼が力強く羽ばたき、大地を吹き飛ばすような熱風が巻き起こる。口から炎を吐き出しながらフェイは、ぶよぶよとした魔物たちの群れに向かって、高速で飛翔していく。


轟音とともに、灼熱の火炎がフェイの口から一直線に噴き出した。

炎に包まれた魔物は、「ギエェェェェェェェッ!!」と耳障りな声を上げている。


ボゥッ!!という音とともに、一体、また一体と、炎に包まれた魔物たちが悶えながらのたうち回る。


「あいつら……燃えてる……!」


イーライが目を見張る。


魔物が焼け焦げ、ぶよぶよとした質感が乾いてひび割れ、炎が体内まで浸透するように黒煙をあげて崩れ落ちていく。

再生能力を持っていたはずの魔物が、今は再生の兆しすら見せず、ただ焼かれ、蒸発するように消えていく。


「やった……火炎が効いているぞ!!」

デルダが叫ぶ。


炎を嫌うかのように、残った魔物たちは後退し始めた。

群れの形が崩れ、じりじりと焼かれながら、ついには何体かが煙と灰に変わり果てる。


「火属性の竜は、群れの中心を狙って炎を!」


そのイーライの掛け声で、赤い竜たちが一斉に一直線に降下してくる。

竜が数頭、群れの中心に集中業火を浴びせる。

たまらず、魔物の断末魔が周辺に響く。


空高くから、白竜が勢いよく降りてくる。


「状況は!?」


アクオスがイーライに声をかける。


「また異形です。この魔物には火炎が効くようで火属性の竜が燃やしています」


「異形……」


その話をしていると、また森から先ほどと同じタイプの魔物が出てくる。

竜騎士たちがそちらに向かい、火炎を浴びせる。


火炎を連続で使った竜は、疲れ果て戦いから離脱する。

戦線を離脱した火属性の竜たちの代わりに、白の鱗をまとった一頭の竜が天を裂くように舞い上がる。


「ブラッド、頼むっ!」


アクオスの声に応じ、ブラッドが猛然と滑空する。

空中で大きく旋回し、翼が巻き起こす風が地上の空気を震わせる。

風の圧にたじろぐ魔物たちがざわついた瞬間、ブラッドの口元が淡く光る。


次の瞬間、鋭い風が巻き起こり、魔物たちの動きを止める。

風は竜巻のように群れを巻き込み、押しとどめ、動きを封じた。


「今だ、ブラッド!」


風の檻に囚われた魔物たちに向けて、火炎の奔流が容赦なく放たれた。

鮮やかな紅蓮の炎が群れを焼き尽くし、断末魔の声が木々にこだまする。


だが、それでも奥の離れた場所にいるいくつかの魔物はしぶとく再生を始める。

そこへ、ブラッドの喉奥から高圧の水流が発射される。まるで鋼鉄をも切り裂くかのような水の斬撃が、再生しようとする魔物の体を粉砕する。


水が、炎が、風が三重に重なり、魔物たちは手も足も出ず、次々と崩れていった。


「さすが三属性の竜王……!」


イーライがうっとりとブラッドを見ている。

すべての魔物が息絶え、ようやく静けさが戻った。


アクオスはブラッドの背から軽やかに降りると、黒く焦げた魔物たちの亡骸をひとつひとつ検分し始めた。コアはやはり黒く濁った色をしていた……。その中で、ふと気になる一体に目が留まる。


……その魔物の口元から、赤い何かが垂れている。


アクオスは慎重に近づき、身をかがめる。

しかし、距離を詰めた途端、鼻を突くような鋭い刺激臭が鼻腔を襲った。


(……この匂い……まさか、あの報告書に記されていた……)


思い当たる節があったが、確信には至らない。

死んでいるとはいえ、魔物には迂闊に触れるべきではない。

アクオスは手を出さず、代わりにじっとその魔物を観察した。


口からのぞく赤い物質は、まるで何かの花弁のようにも見えた。その異様さに、アクオスの眉がひそめられる。


(……いったい、なんなんだ……)


冷たい風が焦げた匂いを運ぶ中、アクオスは黙ってその一体を見つめ続けた。

騎士団の仲間たちが到着するその時まで。

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