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「じつは……私が小さい頃、ブラッド様に助けてもらったことがあるのです」


ヘーゼルとブラッドの顔合わせが終わると、

ブラッドは役目を終えたかのように即座に空高く舞い上がり、姿を消した。



現在は、団長の執務室で四人がテーブルを囲み、お茶を飲んでいる。

さすがに、ヘーゼル嬢にあれこれ試させてもらった手前、何も出さずに帰すのはあまりにも失礼だ……というデルダの提案で、近くにある団長の執務室でお茶をふるまうこととなった。


「……団長がブラッドと接触する前の話ですよね。となると、ブラッドには人との接触がすでにあったということに……しかも、竜の谷の外での目撃となれば……確かに興味深いですね」


竜の研究を専門とするイーライが、顎に手をあてて考えている。


「でも、どうしてなんだろう……?竜って人懐っこい性格じゃないし、普通は自分のパートナー以外にはまるで興味を示さない。むしろ、すぐに威圧してくるくらいでさ。団長みたいにどの竜とも問題なく接することができるなんて……本当に奇跡だよ……」


デルダはそう感心したように言いながら、ヘーゼルを見つめ、不思議そうに首をひねった。


「何か、心当たりはないですか?竜に好かれる理由に……」


イーライもまた、興味深そうな目でヘーゼルに視線を向ける。


「ええと……あると言えば、あるのですが……それが関係しているのかどうかは、ちょっと……」


ヘーゼルは言いにくそうに視線を落とした。


「それは、どんなことですか?」


イーライが静かに問いかける。


「ええっと……」


答えようとして、やはり迷うように口ごもる。


「言いたくない……ですか?」


今度はアクオスが、穏やかな声で尋ねた。


「いえ、そういうわけではありません。ただ……あの、今からお話しすることについては、どうか気にしないでいてください。そして……これからも、竜たちが今まで通り、気軽に湖へ来てくれることを……約束していただけますか?」


ヘーゼルの真剣な表情に、場が一瞬静まり返る。

イーライとデルダは顔を見合わせ、アクオスの判断に委ねた。


「……約束しましょう」


アクオスはまっすぐにヘーゼルを見つめ、静かにうなずいた。


「……ありがとうございます。それでは……実は、あの竜のお薬となる薬草ですが、竜騎士団の皆さまには、父から『野草だから好きなときに好きなだけ食べて良い』とお伝えしていました。でも……本当は、あの薬草は私が育てているんです……竜たちが美味しく食べられるように、少しずつ研究を重ねて改良をしていて……」


「え!?あの薬草って、雑草じゃなかったの!?」


デルダが思わず大きな声を上げる。

今日はもう十分に驚いたと思っていたが、まだまだ驚きは続くようだった。


「はい。あの薬草は、最初は本当に小さな葉だったのですが、竜がそれを啄んで食べているのを見て・・・・・・この葉なら竜が食べるのだと分かったんです。それから改良を重ね、味を変えないように気をつけながら、食べ応えが出るよう大きく育てられるようにしました。ほかにも、成長速度を上げるための工夫を加えつつ、少しずつ調整を重ねて、今の形にしたんです」


「……あの、難しそうな薬草を人の手で……」


イーライは驚きと感心の入り混じった複雑な表情を浮かべ、ぽつりと呟いた。


「……あっ!だからあの時、他の薬草と一緒にあの薬草も持っていたのか!」


「はい。定期的に調べるために摘んでいるので……私も毎回、味の確認で口にしていますから……」


イーライは何かを考えるようにヘーゼルをじっと見つめた。


「あの……摘むとすぐにしおれてしまう薬草を、どうやって生きた状態のまま摘めるんですか?何かコツがあるんですか?」


「そうですね……コツというほどではありませんが、まず、たっぷり水をあげてから、その株の中で一番若い茎を選んで、新芽から二節目のところを、上に引っ張るように摘みます。そうすると、摘んでも半日くらいは瑞々しさを保てるんです」


「なるほど……」


イーライは深くうなずきながら、感心した様子を隠さなかった。


「だから……もしかしたら、あの薬草を口にしている私の体にはあの薬草の匂いが染みついているのかもしれません……」


ヘーゼルはそう言って、ほんの少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。


「子爵令嬢は……あの薬草を食べてるんだ……」


デルダが思わず漏らしたその言葉には、感心とほんの少しの呆れが混ざっていた。


「……いずれにしても、竜が懐く理由として薬草が関係しているかどうかは、まだ可能性の段階だ。今後、何か分かってくるかもしれない……。」


アクオスは少し考えるようなしぐさで言葉をつづけた。


「……だが、それよりも……子爵令嬢。これまで、竜たちのためにあの薬草を管理してくれていたこと、本当に感謝します。私たちはそのことを知らず、いままで礼も言わずに申し訳ありませんでした。あの薬草に、竜も、そして我々騎士も助けられてきました。騎士団を代表して、心からお礼を申し上げます」


そう言ってアクオスは静かに椅子から立ち上がると、ヘーゼルに向かって深々と頭を下げた。

それを見たイーライとデルダも、すぐに後に続き同じように頭を深く下げる。


ヘーゼルも「頭を上げてあげてください!」と慌てて立ち上がる。


「私たち、ガゼット領の領民は、竜騎士様が湖に立ち寄ってくださることを、心から誇りに思っております。竜も、竜騎士様もくつろげる場所があることが、私たちの自慢なのです。どうか、これからも変わらずガゼット領へお越しください……!」


ヘーゼルの真剣な願いに、三人は思わず顔を上げた。


「そう言ってもらえて嬉しい。ありがたい限りだ。もちろん、これまでと変わらず、皆でガゼット領の湖に立ち寄らせてもらう。これからもよろしく頼む……」


「はい!ぜひそうしてください!私も、あの竜の薬草をもっと丈夫に、もっと美味しくなるように改良を重ねていきます!ああ、あと、皆様、私のことは子爵令嬢ではなく、ヘーゼルとお呼びください。秘密も打ち分けたわけですし……」


そう言ってヘーゼルは微笑む。

騎士たちが「わかった」と言い終わるや否や、大きな音が響いた。


カンッ、カンッ、カンッ……!


乾いた金属音が空気を切り裂くように鳴り響いた。

魔物の出現を知らせる警報だった。


「チッ……!模擬戦のさなかだっていうのに!」


イーライが舌打ちしながら、素早く部屋を飛び出す。デルダもすぐにその後を追った。


「……ヘーゼル嬢…… 申し訳ない。どうやら魔物が出たようです。申し訳ありませんが……一人で帰れますか?」


「はい!大丈夫です!どうか早く行ってください!竜騎士の皆様のご武運をお祈りしています!」


アクオスは、ヘーゼルに穏やかな笑みを見せ、軽くうなずくと、そのまま勢いよく部屋を出て行った。


「……心配だわ」


ヘーゼルはぽつりと呟くと、団長不在の部屋にこれ以上とどまるのは良くないと感じ、立ち上がって部屋を出ようとした。

そのとき、扉から入り込んだ風が、机の上の書類をふわりと舞い上がらせ、ヘーゼルの足元に落とす。


「……?」


ヘーゼルはかがんでその一枚を拾い、元の場所へ戻そうとして、ふとその内容に目が止まった。


「これは……」


その書類には、強い刺激臭を放つ赤い花についての記述があった。

そしてそこには、はっきりとこう書かれていた。


『魔物を異形にする花』と。

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