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(どうしてだろう。この令嬢とは、妙に話しやすい。今日初めて会った気がしない……)
普段は言葉を選びがちな彼の口から、今はするりと自然に言葉がこぼれていく。
「竜が薬草を食べに行くガゼット領には、いつも感謝しています。湖に降りて、自由に薬草を食べてよいと快く許可してくれていて……」
アクオスとヘーゼルは並んで歩きながら会話をしている。
「竜騎士団はいつも帝国民を魔物から守ってくださっていますもの。それくらい、当然のことです。そのために、竜たちが休める場所を管理するのも私たち領民の務めだと思っております!」
そう堂々と言い切ったヘーゼルに、アクオスはふっと笑みを見せた。
(わあ……笑った……)
その瞬間、ヘーゼルの胸が高鳴る。
(なんて綺麗な人なのかしら……今まで、こんなに綺麗な男性を見たことがないわ……でも、やっぱりどこか面影がレイに似てるのよね……)
ふと、そんな考えが浮かび、彼女の心をざわつかせた。
(あれ?もしかして……レイは、この方の親戚だったりして?雰囲気が似てるといえば、似てるし……)
けれど次の瞬間、彼女の顔に陰がさす。
(でも……さっき、レイと呼んだとき、すごく嫌そうな顔してたわ……やっぱり、聞けないわよね……)
アクオスの横顔を見つめながら、ヘーゼルの心は、揺れていた。
やがて、一行は建設中の大きな壁を横目に、竜舎へと到着した。
竜舎は外から見るだけでもかなりの規模であり、重厚な構えだ。
中に竜がいるはずなのに、気配がまったく感じられないほど静かである。
『竜はむやみに鳴かない』
先ほど、そう言っていたがこの静けさからして、その言葉はどうやら本当らしい。
アクオス一行が竜舎の扉の前に着くと、警備していた騎士が一礼し、ゆっくりと扉を開ける。
扉が開くと、新しい藁の香りと竜独特の匂いが、ふわりと鼻先をかすめた。
アクオスとヘーゼルがゆっくりと中に入ると、奥の方に控えていた竜たちが一斉にこちらへと視線を向けた。
ヘーゼルの目には、竜たちは清潔な空間で穏やかにくつろいでいるように見えた。
奥の方までは見通せないが、まだまだ数頭の竜がいるのだろうと思うと、胸が高鳴る。
「とても広い空間なんですね……。私は部外者なので、竜を驚かせないように小声で話したほうがいいですよね?…あっ、他に何か注意することはありますか?」
「……いや、大丈夫そうです。竜たちは……あなたを歓迎しているようですね」
「本当ですか!?それは嬉しいです!」
アクオスが竜たちへ視線を向ける。
本来なら、見知らぬ人間が入ってくれば警戒するはずだ。
だが今、この場にいる竜たちは騒ぐでもなく、ただじっとヘーゼルを見つめている。
その目には、あきらかに敵意も怯えもなく、むしろ、好意があるようにすら感じられた。
後から入ってきたイーライとデルダも、その様子に目を見張った。
「……あ、あの、団長様。もう少しだけ竜の近くに寄ってもいいですか?驚かせないように静かにしますので……」
「ん?……ああ。竜たちのほうが、むしろあなたに興味を示しているようだ。構わないです、近づいてみてください」
「ありがとうございます。それでは……」
ヘーゼルは深呼吸し、緊張しながら柵の近くまでそろそろと歩み寄っていく。
「クルルル……」
目の前に立っていたのは、濃い茶色の鱗を持つ、美しい竜だった。
その竜は、喉を優しく鳴らしてヘーゼルを迎える。
「まあ……ご挨拶してくれているのかしら?こんにちは、私はヘーゼルよ。よろしくね」
そう声をかけると、竜はのそりと立ち上がり、ゆっくりと鼻先を彼女に寄せる。
ヘーゼルの匂いを嗅ぐと、鼻先でそのまま頭上をトントンと優しく叩いた。
(もしかして……撫でてくれたのかしら?)
くすぐったいような、不思議な感覚に包まれながら、ヘーゼルはぺこりと竜にお辞儀をした。
「撫でてくれてありがとう。竜さん、よかったら、またいつでも湖に来てね」
一頭目への挨拶を終えると、今度は濃い黄色の竜が、とことこと小さな歩幅でこちらへ近づいてくる。
その独特な歩き方を見て、ヘーゼルはすぐに気がついた。
「まあ、あなたはジル君ね!先ほどの試合は残念だったけれど、とても惜しかったわ。ジル君は戦術を考えるのが得意なのね。あの、相手を翻弄したところなんて見事だったわ。すごく、かっこよかった!」
少し興奮してしまった自分に気づき、ヘーゼルは慌てて口元を抑える。
(いけない……興奮しすぎちゃった。静かにするって約束したのに……)
「ジル君も、疲れたらまた薬草を食べに来てね。怪我をしないように……」
ジルは、嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らした。
その後も、ヘーゼルは次々と他の竜たちにも声をかけながら、ゆっくりと歩を進めていく。
イーライとデルダは、ヘーゼルが竜たちの目前をゆっくりと歩きながら、一頭一頭に優しく語りかけている様子を目の当たりにしていた。
彼女は決して自分から竜に触れようとはしない。
だが、彼女に触れるのは竜たちのほうだった。
本来は鋭い眼差しを持つはずの竜たちは、まるで仔竜のように大人しくなり、身じろぎひとつせず、ただ彼女の声に静かに耳を傾けている。
その異様とも言える光景に、イーライとデルダは思わず顔を見合わせた。
その姿はまるで、竜と心を通わせることができる唯一の存在、団長アクオスの姿と重なって見えた。
「……まるで、団長を見ているみたいですね」
デルダがぽつりと漏らす。
イーライはその言葉にうなずきながら、少し離れたところで黙ってヘーゼルを見守るアクオスに声をかけた。
「団長、こんなことが目の前で起きていても、なお……信じられませんね」
アクオスはじっとヘーゼルのうしろ姿を見つめながら答えた。
「ああ……どうやら、すべての竜が子爵令嬢に対して、仲間のように接している……謎だな……」
「こんなの、団長ぐらいしか無理だと思ってましたよ……彼女なら、竜の谷に行っても、普通にそこで暮らしていけそうですね……」
イーライが冗談交じりに笑うと、アクオスは目を細めたまま小さく呟いた。
「……ブラッドに引き合わせてみるか」
「ブラッドに?……さすがにそれは……」
イーライは目を見開いた。




