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「すみません」
急に肩を叩かれた。
白熱する模擬戦を、手に汗握って見ていたヘーゼルは、突然の接触に驚いて、勢いよく後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、見知らぬ男性だった。
(……誰だったかしら?)
人違いだろうか、と首をかしげたそのとき。男性が静かに口を開いた。
「ガゼット子爵令嬢でしょうか?」
「……えっ?」
ヘーゼルが戸惑っていると、隣にいたカレンが「あっ!」と声を上げた。
「カルビン様!」
その瞬間、周囲の令嬢たちから「きゃあっ!」と黄色い悲鳴が上がる。
「カルビン様……?」
聞き覚えのない名前に、ヘーゼルはますます困惑した。
「お久しぶりです、カレンさん」
「お久しぶりです、カルビン様! 最近のご体調はいかがですか?」
「ええ、おかげさまで。いつもの薬を飲んでいるので、調子はいいですよ」
「それはよかったです!……ってことは、今日はこちらの薬師のヘーゼルさんにご用ですか?」
「いえ……え?薬師……?」
カルビンとカレン、会話が微妙にかみ合わず、二人ともキョトンと顔を見合わせる。
(な、なにこの空気……)
ヘーゼルは戸惑いの渦の中、ただおろおろと二人を見つめるしかなかった。
「……えっと、カルビン様、ヘーゼルさんは、あの薬を作ってくれている薬師の方なんですよ」
「えっ!? 本当ですか!? ……僕が声をかけたのは、別の用事で呼びに来ただけなのですが……まさか……あの薬の……!」
カルビンが目を丸くするのを、ヘーゼルはさらに困惑した表情で見つめる。
そんな彼女の顔を見て、カレンが「あっ」と声を上げたかと思うと、ハッと何かを思い出したように紹介を始めた。
「ヘーゼルさん、こちらは竜騎士団のカルビン・アイーダ様よ。ほら、昨日薬を買いに来ていたビギンズさんを、たまたまヘーゼルさんが対応してくれたでしょ?」
「ああっ、あの、おばあさんの!」
ぱっと記憶が蘇り、ヘーゼルが声を上げると、カルビンは一瞬キョトンとしたあと、
「ははっ」
と、吹き出した。
「そう、その『おばあさん』です。ビギンズさんのことをおばあさんって思ったことがなかったから、思わず笑っちゃいましたけど……昨日はお世話になったみたいですね。薬が買えたので、すごく喜んで帰ってきたと母が言っていました。本当に、いつも良い薬をありがとうございます」
「い、いえ……! そう言ってもらえると、作りがいがあります!……ところで、たぶん咳が出る症状かと思うのですが、正確にはどんな症状なのですか?」
「ああ、子どもの頃から、疲れがたまると喉が痛くなって。そのまま放っておくと、ひどい咳が出るんです。薬を飲めば止まるんですけど……まあ、その繰り返しですね……」
「まあ、子供のころから……あ、それなら……」
ヘーゼルは鞄をごそごそと探り、緑色の液体が入った小瓶を取り出す。
「こちら、試してみてもいいかもしれません。喉に直接効くタイプで、咳が出始めたらすぐに飲んでください。今までの薬もそのまま使って大丈夫です。直るわけではないのですが、ただ常用薬の服用の期間が少し長くできるかもしれません……」
そう言って、彼の手のひらにそっと小瓶を乗せた。
「いいのですか?お支払いは……」
「お試し用なので、今回は結構です。効果がありそうなら、カレンさんに伝えていただければお手元に届くようにします。カレンさん、それでいいですか?」
「もちろん。私もその薬、ちょっと興味あるわ。今まで見たことがないし、私にも一本試させてくれる?」
「ええ、ちょうど何本か持ってきてるので、あとでお渡ししますね」
そんな会話をしながら、三人はしばらく薬の話で盛り上がった。
だがそこで、カルビンが「あっ」と声を上げる。
「 いけない、いけない! こんなところで雑談してる場合じゃなかった……! ガゼット子爵令嬢、模擬戦を観戦中のところ申し訳ないんですが、あなたに会いたいという方がいて。少しだけ、お時間いただけませんか?」
「えっ……でも……私このあとカレンさんとお出かけの予定でして……」
ヘーゼルが戸惑いながらそう返すと、カルビンは少しだけ真剣な表情で頭を下げた。
「……ほんの短い時間で構いません。お願いできませんか?」
その言葉に、カレンが何かを察したようにふっと微笑んだ。
「ヘーゼルさん。私はここであなたが戻ってくるまで待ってるから、行ってきても大丈夫よ。カルビン様は信頼できる竜騎士の方だし、安心して行って来たらどうかしら?」
そこまで言われてしまっては、もう断れない。
「……わかりました。じゃあ、少しだけ……行ってきますね」
そうしてヘーゼルは、模擬戦の熱気が残るその場を、カルビンと共にあとにした。




