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「……助かったわ、ちょうどいいタイミングだった!挨拶が遅れたわね。私はこの薬局のオーナー、カレン・ヘイザーよ。よろしく、ヘーゼルさん」


「よろしくお願いします……一週間も納品が遅れてしまい、申し訳ございませんでした」


「いいのよ。それより、ダンカン様のお加減はどう?」


「はい、おかげさまで熱も下がって、元気になってきています」


「それは何よりだわ。……あ、そうだ。良かったらお茶でも飲んでいって!今、淹れるわね」


「いえ、そんな……お気遣いなく」


「ふふ、大丈夫。この時間はあまりお客様も来ないし、私が淹れる薬草茶はなかなか美味しいのよ。ダンカン様も、うちに来るといつも飲んでいくわ」


そう言って、カレンは返事も待たずに店の奥へ姿を消した。


やがて、ティーポットを手に戻ってくると、長い足でテーブルへと軽やかに歩み寄る。

黒髪をひとつに束ねた彼女は、ガラスの綺麗なティーカップに、明るいオレンジ色のお茶を注いだ。


「お待たせ!……って、あら、立ったままで待ってたの?ごめんなさいね。どうぞ、そこの椅子に座って」


カレンの言葉に、ヘーゼルは「ありがとうございます」と一礼し、そっと椅子に腰かける。

カップの中で湯気を立てるそのお茶は、見たこともない鮮やかな色をしていた。


(不思議なオレンジ色?……綺麗……)


そんなヘーゼルの様子に気づいて、カレンがくすっと微笑む。


「それ、薬草を炒って作った茶葉に、オレンジの花と果物の皮をブレンドしたものなの。果物の香りがついているから飲みやすいわよ。疲労回復や美肌にも効くの」


「!?すごいです……!初めて飲みます。お茶に、そんな効果があるなんて……!」


「ええ。私、ガゼル王国の出身なのだけど、あちらではこういった薬草茶が一般的なのよ。香りで癒されるし、薬としての効果もあるの」


「素敵ですね。香りも良くて……飲んでみてもいいですか?」


「もちろん。召し上がって」


ヘーゼルは、カップをゆっくり口に運ぶ。


「!!……お、おいしい……」


初めて味わう味だった。

爽やかな柑橘の香りがふわりと広がったかと思うと、続いてほろ苦さと甘やかな花の香りが複雑に絡み合い、口いっぱいに広がっていく。


もう一口飲むと、最初の衝撃はやわらぎ、代わりに心地よい余韻だけが口の中に残った。まるで旅の疲れをやさしく癒してくれるようだった。


ヘーゼルは満足げに小さく息を吐き、そっとカップを置く。


「……カレンさん、本当に、こんな美味しいお茶、初めてです」


「そう。気に入ってもらえて嬉しいわ。おかわりを置いておくから、よかったらどうぞ。私は、持って来てくれた薬を確認させてもらうわね」


そう言って、カレンはカウンターへ戻っていった。

ヘーゼルはひとり、お茶の香りと余韻に包まれながら、ゆっくりと時間を過ごす。


やがて、カレンが戻ってきた。


「頼んでいた以上の数を持って来てくれたのね!本当に助かるわ。あなたの薬は本当によく効くから、うちでも一番人気なのよ。ダンカン様に、今度ぜひ薬師の娘さんに会わせてほしいってお願いしようと思ってたところなの。今日、会えてよかった!」


「薬師だなんて……ただの趣味なんです、そんな大したものじゃ……」


「謙遜しないで。さっきのおばあさん……ビギンズさんっていうんだけど、アイーダ伯爵家の方なの。で、そのアイーダ家の息子さんが竜騎士団にいるのよ。あなたの薬を使ってから、もうそれしか使いたくないっておっしゃってるの。竜騎士団の人に贔屓にされてるなんて、すごいことよ!」


「竜騎士団……」


「……もちろん知ってるわよね?」


「え?ええ、はい、存じ上げてます」


「見たことある?すっごくカッコいいわよね!竜騎士様って、令嬢たちに大人気なのよ」


「はい、見たことはあります……」


「え?本当?まさか、話したこともあるとか?」


「えっと……はい。あります」


「ええ!?いいなあ、誰だった?どんな人だった?……まさか団長じゃないわよね……?」


「ええと……確か、名前が、フェイ君とジル君だったかと……」


「フェイ君とジル君?……いたかしら?そんな人」


「あ、いえ、人ではなくて……」


「ん?人じゃない?竜騎士団でしょ?」


「はい、竜のほうです」


「竜?……あの、竜騎士団が乗ってる竜?」


「そうです」


「え?……竜の名前は知ってて、騎士の名前は知らないの?……」


「……はい、すみません。竜の名前の方が、覚えやすくて……」


「…………あなた、ちょっと変わってるわね」


「え?そうですか?……あ、でも、竜に乗っていた方は、黒髪の騎士様と、赤髪の騎士様でした」


「え? 黒髪って言ったら、デルダ様じゃないかしら?」


「デルダ様?」


「そう。アーバン商会のご子息で、貴族ではないけれど、お金持ちよ。しかも竜騎士団の中では、わりと気さくで人気があるの。……赤髪の方は数人いるから、誰かわからないけど……」


「そうなんですね」


「……あんまり竜騎士には興味なさそうね?」


「いえ、いつも守っていただいているので感謝していますし、興味もあります」


「……そう。なんかちょっと違うけど、まあいいわ。あ!そうだ。ちょうど明日、竜騎士団の公開練習があるのよ。時間があれば一緒に行ってみない?」


「え?そんな練習があるんですか!是非、竜を見たいです!!……あ、でも……カレンさんのお邪魔になりませんか?」


「ぜんぜん!一緒に行こうと思ってた子が、急に予定入ったって断られたばかりだったの。だから、あなたと一緒に行けたら嬉しいわ」


「そうなんですね。では、お言葉に甘えて、ご一緒させてください!」


「ありがとう。明日、楽しみね」


そのあと、お客さんが立て続けに数組入ってきてカレンも接客に戻ったので、その日はそれで失礼して、ヘーゼルは宿へ戻った。


「思わぬ予定が入っちゃったけど、竜を堂々と見られるなんて……公開練習?王都ってなんて素晴らしいのかしら!」


興奮冷めやらず、なかなか寝つけなかったヘーゼルは、ようやく明け方になって眠りについた。

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