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このガゼット領から王都までは、馬車で三日かかる。
途中には宿もなく、馬車の中での寝泊まりとなる。
(竜騎士たちは、よくこのガゼット領の湖に来るけれど……竜で飛べば、王都からなんて、きっとあっという間なんでしょうね)
そんなことを考えているうちに、最初の休憩場所に到着した。
馬車は馬に引かれて進むが、一頭だけでは負担が大きいため、道中にはいくつか馬小屋が設けられており、定期的に馬を交換しながら旅を続けていく。
休憩場所では、ヘーゼルも水を飲んだり、体をほぐしたりして休憩を取る。
気分転換もかねて、馬車から遠く離れないように気をつけながら、あたりをゆっくりと散歩することにした。
森林浴のように気持ちのいい風が頬をなで、足元には可憐な草花が揺れている。
(へぇ、この辺にも野生の薬草が生えてるのね……)
ヘーゼルはふとしゃがみ込み、元気そうな薬草を指先でそっとつついて観察する。
すると、視界の端に、見たことのない奇妙な花が目に留まった。
(あれ……何かしら? あの花……見覚えがない花だわ……)
その花は、血のように鮮やかな赤。葉にはトゲのような突起があり、茎は鈍い紫色をしている。
全体的に小ぶりな植物だが、八株ほどが固まって群生しており、不思議なことに、周りを見渡してもその一角にしか咲いていない。
なんとなく気になって、ヘーゼルはゆっくりと立ち上がり、その花の方へ歩み寄った。
近づくにつれ、ツンと鼻を衝くような刺激臭があたりに漂い始める。
(うっ……すごくきつい匂い……一体この花、何なのかしら……?)
思わずハンカチを取り出し、鼻を押さえながらさらに近づいてみる。
匂いはさらに強く、思わず顔をしかめるほどだった。
(これだけ臭いが強いと、動物なら酩酊してしまいそう……でも、この一角だけに生えてるって、不自然よね。誰かが植えた……? )
見たことのない植物に不用意に触れるのはよくない。そう思いながらも、妙な違和感が頭から離れない。
(抜いておいた方がいいのかも……でも……)
葛藤しながらその場に立ち尽くしていると、徐々に頭の奥がじんわりと痛み始めた。
重たくなるような鈍痛に眉をひそめる。
しばらくして、ヘーゼルは花から離れ馬車の方へと足を向けた。
ヘーゼルが馬車に揺られること三日。
ようやく、王都の街に到着した。
ヘーゼルの住むガゼット領とは比べ物にならないほど、活気に満ちている。
行き交う人の多さに圧倒されながら、視線を巡らせれば、色とりどりの看板が軒を連ねていた。
(これ全部見て回るには……一年はかかりそう……!)
驚きと興奮を胸に抱きながらも、ヘーゼルは今回の目的、リベル薬局への薬の納品に向かう。
父に渡された手書きの地図を頼りに、大きな荷物を抱えて人混みを抜けていった。
道に迷うことなく、なんとか薬局に到着。
中に入ると、店員らしき若い女性と、年配の女性がちょうど会話をしているところだった。
「まだ薬は入ってこないのかい?一週間前には届くって言ってたじゃないか」
「申し訳ありません。薬を作っていただいている薬師の方が体調を崩されまして……。他のお薬でしたら、ご用意できるのですが」
「いいや。あの薬じゃなきゃ駄目なんだよ。お坊ちゃまが欲しがってるのは、あれなんだ」
声を荒げる年配の女性に、カウンターの店員は困り果てた表情を浮かべている。
(これは、まずいところに来てしまったかも……でも、どう考えても私の薬の話よね……)
だとしたら、ここで黙っているわけにはいかない。ヘーゼルは意を決して声を上げた。
「あ、あのっ!」
ピンと張り詰めた空気の中で、二人が同時にヘーゼルへと視線を向けた。
カウンターの女性が、はっと我に返ったように、慌てて声をかける。
「い、いらっしゃいませ!」
一方、年配の女性は不審げにこちらをじっと見つめていた。
「……こんにちは。ダンカン・ガゼットの娘、ヘーゼルと申します。遅くなってしまい申し訳ありません。薬の納品に参りました」
丁寧に頭を下げるヘーゼル。
すると、カウンターの女性が嬉しそうに目を輝かせて叫んだ。
「ビギンズさん!いま言っていた薬師の方です。お薬、届きましたよ!」
ヘーゼルは重たい鞄を足元に下ろし、中から袋に詰めた薬を取り出す。
「いつもご贔屓いただき、ありがとうございます。ご所望のお薬は、どちらでしょうか?」
ビギンズと呼ばれた女性は、目を細めて頷き、袋の中を確認すると、満足そうに多めの薬を買い求めて帰っていった。




