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「お父様、ご気分はいかがですか?」
三日前から体調を崩して寝込んでいる父は、ベッドの上で咳き込んでいた。
ヘーゼルは背中をさすりながら、用意しておいた薬を手渡す。
「すまないな、ヘーゼル。本当に……私の代わりに王都まで行ってくれるのかい?」
「ええ。お父様の熱も下がったし、具合も落ち着いてきたし……リベル薬局さんをこれ以上お待たせするのも申し訳ないから……」
「……それもそうだな。たしかに、これ以上ご迷惑はかけられない。……ヘーゼル、大変なことを押し付けて悪いが、頼んだよ」
「ええ、任せて。明日の朝、出発するわ。私がいない間は、エリオット先生やナーフさんが様子を見に来てくれるから、安心して」
「ありがとう……ついでに王都で買い物でもして、少し遊んでくるといい」
「ええ、お父様、ありがとう……」
「私はもう少し休ませてもらうよ。ヘーゼルも、もう休みなさい」
ゴホゴホと咳き込みながらも、父はなお娘を気遣う。
その様子に胸を締めつけられながら、ヘーゼルは父を休ませるため、静かに部屋を後にした。
翌朝。
久しぶりの王都行きに、ヘーゼルは少しだけ気合いを入れて、クローゼットの奥から余所行きのドレスを引っ張り出した。鏡の前に立ち、身だしなみを整える。
「……ちょっと古いかもしれないけど、このドレスで大丈夫よね?」
そのドレスは、三年前、レイがいなくなり落ち込むヘーゼルを心配した父が、気分転換にと仕立ててくれたものだった。
とはいえそれは、三年前のこと。
王都でのドレス事情は半年ごとに流行が変わると言われているので、もはや、かなり昔のものに分類されてしまうのかもしれない。
「……王都、なんて恐ろしい……」
ヘーゼルは、自分の名の由来でもある、少したれ目がちな大きなヘーゼル色の瞳で、ドレスの最終チェックを済ませる。
赤茶色の髪はきちんと結い上げ、母の形見である赤い珊瑚の髪飾りをそっと添えた。
彼女はすらりと背が高く、出るところは出ていてスタイルも悪くない。
大きなたれ目がちな瞳と優しげな雰囲気で、地元では「高嶺の花」と言われている。
……もっとも、それはこの町の中だけの話であるが。
果樹園で働く彼女の肌は、日焼けで焼けている。
もともとは色白だったが、今となっては健康的すぎるほどの肌の色だ。
庶民の間では「元気で素敵」と言われても、貴族社会の令嬢としては少々異質に映るかもしれない。
ヘーゼルは年齢的には結婚適齢期だが、レイとの一件もあり、いまだにそうした気分にはなれず、婚約者もいない。
何より、父を一人残して嫁ぐつもりもなく、かといって婿養子を迎えられるほどの家柄でもない。
最近では「このまま一人でこの領地を守りながら生きていくのも悪くないかも……」などと考えるようになっていた。
しかし、父はそう思っていないらしい。
夜会へ出席を勧めてきたり、王都から見合い話を持ち帰ってきたりすることもある。
(親孝行って……お父様の仕事を手伝うこと? それとも、ちゃんと結婚すること?)
鏡の前でひと息つきながら、ヘーゼルはぼんやりと、そんなことを考えていた。
「ヘーゼル様ー! 馬車が来たよー!」
果樹園を手伝ってくれている子供たちが、家の前で元気よく叫んでいる。
どうやら馬車が到着したらしい。
この果樹園は、他の農業に比べると比較的やさしい作業が多く、少しでも領民が楽になれるようにと、父の方針で六歳以上の子供たちにも有償で働く機会が与えられている。
かつてレイがそうであったように、今も果樹園からは子供たちの明るい笑い声が響いている。
その中でも年長でしっかり者のダンと、子供たちの優しいお姉さん的存在のリコルが、小さな子供たちを連れて見送りに来てくれていた。
「……わぁ、みんなで見送りに来てくれたの? ダン、リコル、皆を連れてきてくれて嬉しいわ!」
家の前に集まった子供たちを見渡しながら、ヘーゼルは心から嬉しそうに笑う。
「皆がどうしてもヘーゼル様を見送りたいって言うから…………しょうがなくだ」
ダンはぶっきらぼうにそう言いながらも、着飾ったヘーゼルの姿に思わず目を奪われ、はっとしたように目を大きく見開いた。
そして、ヘーゼルと視線が合った瞬間、ばつが悪そうに顔をそらし、赤く染まった頬を隠すようにうつむいてしまう。
それを見て、リコルがくすくすと笑いながら、ダンをからかった。
「もう、ダンったら! 顔が真っ赤よ、何照れてるの〜?」
「バッ……バカ! ち、違うよ! 走ってきたから顔が赤いだけだし!! ふざけんなよ、リコル!」
揶揄われたうえに、思いがけないことまで言われて、ダンは焦ったように声を上げる。
だが、リコルはそんな彼を軽く受け流して、今度はヘーゼルに視線を向けた。
「……でも本当、今日のヘーゼル様ってすっごく綺麗! 普段はそんなふうに思わないけど、ドレス姿だと、やっぱり領主様のご令嬢なんだなって思うわ。本当に素敵!!」
優しくて可愛らしいヘーゼルに強い憧れを抱いているリコルは、いつもとは違う彼女の装いに目を輝かせながらそう言った。
「ふふ、そう言ってくれて嬉しいわ。皆にお土産買ってくるからね。……ダン、リコル、私の留守の間、果樹園をよろしくね」
そう言ってヘーゼルは、自分の荷物を馬車の荷台に預ける。
馬車のすぐそばには、まだ少し咳き込みながらも、父が見送りに出てきてくれていた。
「ヘーゼル、気をつけて。……これを持っていきなさい。せっかくの王都だ、少しくらい楽しんでおいで」
父が手渡してきたのは、ずっしりと重たい革袋だった。中には、金貨がたくさん入っている。
「お父様、こんなのいらないわ!」
驚いて言うと、父は優しく笑って首を振った。
「いいんだよ。余ったら持って帰ってくればいい。そのお金は、いつも手伝ってくれているヘーゼルへのお給料だと思ってくれればいいから」
にこにこと笑っている父を見る。
(……きっと、今ここで返しても、父は受け取らないだろう)
そう思いながら、ヘーゼルは革袋をぎゅっと握りしめた。
(……一旦、持って行って、帰ってきたら返せばいいわね……)
大金に対して、そう心の中で折り合いをつけて、感謝の気持ちとともに、素直に受け取ることにした。
「ありがとう、お父様。……私がいない間、くれぐれも無理しないでね」
「わかってる。エリオット先生にもそう言われてるしな。ヘーゼルに心配かけないよう、大人しくしてるよ」
「……うん。じゃあ……みんな、行ってくるわね!」
見送りに来てくれた父と子供たちに笑顔で手を振りながら、ヘーゼルは馬車へと乗り込んだ。




