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「それで……話とは?」
サキレスは湯気の立つカップに視線を落としたまま、静かに問いかけた。
陶カップに触れる指先は、わずかに力がこもっている。
「マキュベリー侯爵が……檻の中で自害した」
その一言で、室内の空気が凍りつく。
「……マキュベリー侯爵が……?」
ゆっくりと顔を上げたサキレスの視線が、アクオスを射抜く。
「今朝、騎士が食事を運びに行ったところ、すでに事切れていたそうだ」
「……そうか……」
短く息を吐き、サキレスは目を伏せた。
その表情には、驚きよりも、どこか予期していたかのような陰りがある。
「だが、主要な証言はすでに引き出していた。今さら、新たな情報が出てくるとも思えないが……マキュベリー侯爵家の娘は死亡、妻も事件への関与は認められていない。妻は……侯爵と運命を共にするつもりはなかったのだろう。すぐに離縁を申し出たと聞いている」
サキレスは、ため息をつくと、低く呟いた。
「マキュベリー侯爵家は、由緒ある名門だった。それでも……終わる時というのは、こうも呆気ないものだな」
沈黙が落ちる。
「……マーカス殿下の件は?」
アクオスが話題を切り替えた瞬間、空気が再び張り詰める。
「侯爵の娘が使用していた毒を調べた結果、マーカス殿下が用意したもののようだ。他国と通じていた可能性は高い……」
サキレスは一瞬言葉を切り、慎重に続けた。
「……マーカス殿下は、これ以上は口を割らんだろう」
「……陛下が、邪魔をしているのか?」
「邪魔、というより……兄の刑を軽くしてほしいと、陛下が強く求めている。ザイル殿下もそれを条件に退位を迫ったからな……」
「……では、マーカス殿下の処遇は?」
「ああ。このまま進めば…………」
一拍置いてから、サキレスは告げた。
「北の領地で、監視付きの幽閉だ。一生、表舞台に戻ることはないだろう」
「……結局、どの国と手を組んでいたかも分からぬまま、か」
「……いや」
サキレスの口元が、わずかに歪む。
「ザイル殿下が、それを見過ごすとは思えん。たとえ幽閉されたとしても……必ず、何らかの形で情報を引き出すだろう」
「……そうだな」
アクオスは小さく頷き、窓の外へ視線を投げた。
王都は静まり返っている。
だが、その静けさの下では、まだ多くの思惑が蠢いている。
それでも、確かに、一つの時代は終わりへと向かっていた。
「……ところでアクオス、お前、ガゼット領を継ぐのか?」
「……ヘーゼル嬢に兄弟はいない。おそらく、そうなるだろう」
「ふむ。今回の件で、殿下からお前に褒賞が出るらしい。もちろん、ヘーゼル嬢の功績もある。この機に、ガゼット子爵家を伯爵位に上げてもらうのはどうだ?」
「……いや、そういうものは望んでいないが……」
「もしくは、子爵領に近い王家管轄の鉱山を譲り受け、領地を広げるのは?」
「……領地が広がれば、確かに領民は潤うだろうが……」
「……まあ、急ぐ話ではない。ただ、殿下が考えておけと言っていたから、考えておいてくれ」
「ああ、わかった。ガゼット子爵にも相談して、考えておく……」
「決まったら教えてくれ。……しかし……アクオスに婚約者ができてよかった……お前は、一生独り身ではないかと、シャナとともに心配していたぞ」
「……サキレスは、結婚が早かったからな……」
ぽつりと零すように言い、アクオスは肩をすくめた。
「正直、私はカイロスが最後まで独り身だと思っていたのだが……」
サキレスは、弟のカイロスの顔を脳裏に浮かべ、思わず口元を緩める。
奔放で、どこか危なっかしい。
それでいて憎めない弟。
そんな姿を思い出したのだろう、自然と笑みがこぼれた。
その表情を横目に、アクオスは一度息を整えサキレスと視線を合わせる。
「……サキレス。今回は、本当に世話になった」
改まった声だった。
「……ん?ああ、ヘーゼル嬢を預かった件か?」
サキレスは軽く肩を揺らし、気負いのない調子で続ける。
「まあ、結果的にはな、お前はもちろん、ナーラスや……母上と父上にも感謝されて、私の評価が上がった。悪くない取引だったというわけだ」
冗談めかした口調の奥に、確かな安堵が滲んでいる。
「……感謝している」
不意に告げられたその一言に、サキレスは思わず目を見開いた。
「……あ、ああ。その……お前に面と向かって礼を言われるのは、なぜか変な感じだな……」
照れ隠しのように視線を逸らし、軽く喉を鳴らす。
「そうか?……まあ、そうかもしれないな……」
短く返したアクオスも、どこか居心地が悪そうに苦笑した。
二人の間に、言葉のない静かな時間が流れた。
次回いよいよ最終会となります。




