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翌日、メレドーラ家が新たに設立した化粧品の販売店が、華々しくオープンした。
アクオスは最後まで難色を示していたが、ヘーゼルは約束通り、その店頭に立っていた。
店内には、あの虹色のバラが惜しげもなく飾られている。
物珍しさに足を止めた人々は、思わず目を丸くし、その幻想的な花に見入っていた。
(……同じ花なのに、こちらの花は、こんなにも平和だわ)
魔物を狂わせたあの花は、マキュベリー侯爵の自白によって、すでにすべて刈り取られたという。
(結局、師匠が何株か持ち帰っていたから……いずれ、その成分も明らかになるでしょう)
思考を巡らせていると、不意に声をかけられる。
「助教授!こちらに来ていただけますか?」
「はい!」
ナーラスの呼び声にヘーゼルは、はっとして意識を戻し、そちらへと歩いていく。
呼ばれた先には、ナーラスと同年代と思しき若者たちが数名集まっていた。
「本当だ!ガゼット助教授ご本人だ!すごい!すごい!」
「こんなところでお会いできるなんて!」
興奮を隠しきれない様子で、少年・少女が声を上げる。
どうやら、ナーラスの学園の友人たちらしい。
「こんにちは。皆さま、ナーラス様のご友人でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです!私たちも薬学を専攻している学友です!」
瞳を輝かせた可愛らしい少女が、まっすぐにヘーゼルを見上げてくる。
そのあまりの無邪気さに、ヘーゼルは思わず口元を緩めた。
「そうですか。薬学は、楽しいですか?」
「はい!毎日学ぶことが楽しくて仕方ありません!」
「それは……とても素敵なことですね」
「あの!ひとつお伺いしてもいいですか?」
少女は、少しもじもじしながら、ヘーゼルを見上げる。
「助教授が、あの魔物避けを開発されたというのは、本当なのですか?」
期待に満ちた視線が、一斉にヘーゼルへと向けられる。
「……ええ。多くの方々のお力をお借りして、ようやく形にすることができました」
「あの魔物避けに使われている薬草の香りが、どうしても一つわからなくて……!」
熱を帯びた問いかけに、ヘーゼルは胸の奥で微笑む。
この国の研究の未来は、きっと明るい。
「ああ、それはですね……」
そう答えかけたところで、再び声が飛んできた。
「ヘーゼルさん、少し来ていただける?」
今度はシャナだった。
「あ、はい」
返事をしてから、ナーラスの友人たちへ向き直る。
「申し訳ありません、侯爵夫人に呼ばれました……ここで失礼いたしますね。今度、ナーラス様を私の領地の薬草園へご案内する予定があります。よろしければ、その際、皆さまもご一緒にいかがでしょう?」
「やった!」
「本当ですか!?」
「え、俺たちも一緒に!?」
三者三様の反応に、思わず笑みがこぼれる。
「では、その時に。ナーラス様、少し失礼いたします」
そう告げて、その場を離れた。
「シャナ様、お待たせいたしました」
「ああ、ヘーゼルさん。お忙しいところごめんなさいね。ぜひご紹介したい方がいらして……」
「……初めまして。ヘーゼル・ガゼットと申します」
そう言って、ヘーゼルは深く頭を下げた。
相対するその婦人は、ひと目でわかるほどの高貴な佇まいをまとっていた。
最後の客が店を後にした。
ラグーナ様、シャナ様の尽力もあり、店は初日から大盛況だった。
「商品を実際に使えば、さらに繁盛するわ」
そうラグーナ様のお墨付きももらっている。
この先も、この店が忙しくなることは間違いないだろう。
とはいえ、『魔物の反乱』と呼ばれる一連の事件の直後に迎えた翌日の開店は、ヘーゼルにとって、正直かなり堪えた。
それでも、どうにか一日を乗り切ったのだ。
開店祝いの宴は丁重に辞退し、ヘーゼルは早々に部屋へ戻ることにした。
(……さすがに、疲れたわ……)
馬車でメレドーラ家の屋敷まで送ってもらい、自分に与えられた部屋へと、ほとんど一直線に向かう。
(今は、とにかく横になって眠りたい……)
花祭りの夜、眠ろうとしても、マーガレットのことが脳裏に浮かび、ほとんど眠れなかった。
結局、早朝から店へ向かったが、すべてが終わった今、身体がはっきりと悲鳴を上げている。
ヘーゼルは部屋に入るなり、ふらふらとベッドへ向かい、そのまま倒れ込むように身を沈めた。
着替える気力すら残っていなかった。




