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「数は、八十七名。最も古い者は、私が十にも満たぬ頃から囚われています」
ザイルの声は淡々としている。
感情を交えぬからこそ、言葉の重みが際立った。
「彼らの共通点は一つ。全員が、同じ指示系統、同じ資金源、同じ暗号を使っていた」
ザイルは、わずかに視線を伏せる。
「その者たちは……長い年月の中で、心を折られ、すべてを諦めた者もいました。ですが、中には悔い、恐れ、そして生き直すことを望んだ者もいた」
ゆっくりと、視線を戻す。
「そうした者たちは、私の協力者となりました」
マーカスの喉が、ひくりと鳴った。
「彼らは今、伯父上の護衛という名の『暗殺部隊』の中に潜り込んでいます。忠実な部下として。命令を待つ駒として……」
ザイルは一歩、さらに踏み込む。
「……その命令は、すべて記録されています。合言葉、印章、伝達役……そして、最終承認者」
静寂。
「伯父上。あなたが『始末した』と言っていた暗殺者たちが、今度は、あなた自身の罪を証言する立場にいるのです」
教会の中で、風が鳴った。
古い壁に反響するその音は、まるで終幕の合図のようだった。
「もはや、逃げ道はありません」
ザイルの声は低く、冷たく、だが確実だった。
逃亡も、言い逃れも、すべてを断ち切る響き。
「……これは、私が長年積み上げた結果です。一人の侯爵の証言ではありません。『何十年分』の証言です、伯父上……いかがですか?反論は?」
マーカスは唇を歪め、吐き捨てるように笑った。
「ザイル……お前を……もっと早く消しておくべきだったな……」
「ええ、そうですね」
ザイルは静かに頷く。
「私にとっては、ずいぶん長い年月でした。ですが、そろそろ準備も整いましたので……」
その瞳が、教会に差し込む光を反射する。
微笑みを浮かべているが、その奥には一切の情がなかった。
「父上にも、伯父上にも……そろそろ、引退していただこうかと」
マーカスもまた、憎悪を隠そうともせずザイルを睨み返す。
「罪人を捉えよ!」
ザイルのその一声で、空気が一変した。
騎士たちが一斉に動き、
カイロスは誰よりも早くマーカスの腕を掴む。
「離せっ!」
反射的に身を捻るマーカスだったが、鍛え抜かれた騎士団長の力には抗えない。
拘束具が嵌められる音が、教会の静寂に無慈悲に響いた。
「……あの出来損ないの弟も……小生意気なお前も……!」
マーカスは縛られたまま、ザイルを睨みつける。
「本当は、もっと早く殺しているはずだった!私こそが王にふさわしかった!あいつの治世は生ぬるい!隣国など、戦で叩き潰せばよかったのだ!」
怒号が、祈りの場を穢す。
「こんな甘い国は、緩やかに衰退するだけだ!お前たち親子に、国を良くできるはずがない!」
ザイルは、表情を変えずにそれを聞いていた。
「……伯父上」
静かに、だが明確に言葉を返す。
「あなたが、そうだからこそ、弟に王位を奪われたのです」
マーカスの顔が歪む。
「民の声を聞けば分かるはずです。この平和な……あなたの言う『生ぬるい』国こそが、彼らの望む未来だということを」
「黙れっ!!」
マーカスが叫ぶ。
「私より弱く、ひ弱なお前など、いずれ引きずり下ろされるに決まっている!!」
ザイルは、そこで初めて柔らかく笑った。
「ひ弱ですか……ああ……そういえば、伯父上にお伝えしていなかったことが一つ……」
ザイルはマーカスに一歩、近づく。
「あなたとの手合わせですが……伯父上があまりにも弱かったので、いつも利き手ではないほうで相手をしておりました」
マーカスの目が、見開かれる。
「剣術も、戦略も……残念ながら、すでに私のほうが上でしたね」
その言葉は、処刑宣告よりも残酷だった。
「……ザイルッ!!貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
唾を飛ばす勢いで叫び、拘束されたままザイルへ手を伸ばすマーカス。
だが……届かない。
ザイルはその手を見つめながら、冷ややかに告げる。
「これで、本当に終りです。伯父上」
ザイルはカイロスと静かに視線を交わした。
「連れていけ」
その一言で、均衡は崩れた。
「離せ!貴様ら、私の体に触るなっ!」
怒声を上げ、なおも抵抗するマーカスを、騎士団が無言のまま取り押さえる。
床に引きずられる足音と、鎧の擦れる音が、教会に鈍く響いた。
ザイルはその光景を、ただ静かに見送っていた。
怒りも、憐れみもない。
そこにあるのは、長い年月の末に辿り着いた、避けがたい結末への覚悟だけだった。
扉が閉じると、教会は再び沈黙に包まれる。
張り詰めていた空気が、ようやくほどけたように感じられた。
ザイルは、深く息を吐いた。
そして、入口の暗がりへ向かって声を張り上げる。
「サキレス。もういい、出てこい」
一拍置いて、軽やかな足音が響いた。
「殿下。思いのほか、早く片付きましたね」
サキレスは、いつもと変わらぬ調子で、長い足を運びながらザイルの前に姿を現す。
「なぜ、途中で入ってこなかった?」
「あの流れで割って入るほど、私は無粋ではない……とだけ言っておきましょうか」
ザイルは、かすかに苦笑した。
「もともと、サキレスが書いたシナリオだ。長い、長い道のりだったな」
「ええ。ですが……ようやく終わりました。終りはなかなか派手でしたが」
「まあな」
一瞬、言葉を探すように視線を落とし、ザイルは小さく続ける。
「……ありがとう、サキレス」
その言葉に、サキレスはわずかに目を細めた。
「……いいえ。殿下の憂いが晴れたのであれば、それで十分です」
再び、静寂が二人を包む。
その静けさは、先ほどまでの緊張とは異なり、どこか穏やかな重みを帯びていた。
「……ところで、けが人は出ていないか?」
「はい。軽症者はおりますが、村民、参加者ともに皆無事です。騎士団は重症者はおりますが死者はなく、大きな被害はありません」
「……そうか」
ザイルは胸の奥で、ようやく何かが下りていくのを感じた。
「それは、良かった……」
長きにわたる欺瞞と策謀。
命を狙われ続けた日々と、それをすべて飲み込んできた沈黙。
それらは今日、この場所で終わった。
ザイルは教会の高い天井を見上げる。
差し込む光は、変わらず静かで、厳かだった。
ザイルはゆっくりと踵を返した。
終わりは、同時に始まりでもある。
そのことを、彼は誰よりもよく知っていた。




