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村の外れに佇む、古い教会。

重く軋む扉を押し開け、ザイルは騎士団長カイロスとともに、静まり返った内部へ足を踏み入れた。


砕けかけたステンドグラスから差し込む淡い光に、長年積もった埃が舞い上がる。

きらきらと宙を漂うそれは、まるで時そのものが閉じ込められているかのようだった。


内部は水を打ったように静まり返っている。

しかし、その静寂を裂くように、奥の部屋から大声で喋る人の気配が伝わってきた。


ザイルは一切の迷いも見せず、音のする方へ足を運び、その騒がしい部屋へと踏み込む。


もちろん、そこにいたのは、マーカスだった。


「伯父上」


ザイルが声をかける。


「………………おお!ザイルか!!」


振り向いたマーカスの顔に、安堵を装った笑みが浮かぶ。

だが、ほんの一瞬……その奥に走った不快と警戒の色を、ザイルは見逃さなかった。


「とんでもない魔物の数だったな!ザイルが無事で本当によかった!!一緒にいたお嬢さんも無事か?」


大仰な身振りで、甥の生還を喜んでみせるマーカス。

その芝居がかった態度を前に、ザイルは一歩、静かに距離を詰めた。


「……ご心配、ありがとうございます。伯父上こそ、ずいぶんと早く退避なさっていましたね」


「……なに、王族の身だ。万一があってはならんからと、騎士団に誘導されたんだ」


マーカスは軽く肩をすくめる。

まるで、自分は何も知らず、ただ指示のもと混乱から逃れただけだと言わんばかりに。


「誘導ですか……」


ザイルは、穏やかな声のまま続けた。


「ところで伯父上。安全なこの教会に市民が一人もいないのは、不思議だと思われませんか」


マーカスの笑みが、ほんのわずかに固まる。


「………………どういう意味だ?」


その問いに答えたのは、ザイルではなく、後ろに控えていたカイロスだった。


「王太子殿下の命により、この教会はすでに包囲されています」


「なに……?」


マーカスは反射的に後退し、扉の方を見る。

だが、そこに逃げ道はない。


「伯父上」


ザイルの声が、静かに、しかし逃げ場のない響きを帯びる。


「この教会へは、あなたが退避なさったのではありません。私が、ここに『留まっていただいた』のです」


マーカスの顔色が、見る間に変わっていった。


「……ザイル。お前は何を言っているのだ?こんな時に、冗談はよせ」


低く押し殺した声。

不機嫌を隠そうともしないその響きだが、言葉の端に焦りが滲む。


ザイルは一歩も退かず、まっすぐにマーカスを見据えた。


それでもなお、マーカスは余裕を装う。

口の端に皮肉めいた笑みを浮かべ、軽く肩をすくめた。


「……急に何を言い出すかと思えば。お前は王太子だぞ、ザイル。軽はずみにそのような言葉を口にするものではない」


呆れたように首を振り、半ば笑いを含んだ声で続ける。


「今なら……冗談として聞き流してやる。それ以上踏み込めば、立場を弁えぬ戯言として、私も看過はできん」


その言葉に、ザイルの表情は一切揺れなかった。


「……冗談で済むのであれば、どれほどよかったでしょう」


静かな声。

だが、そこには逃げ道を塞ぐ硬さがあった。


「伯父上。花の流通経路、魔物が引き寄せられた地点。それらを把握でき、なおかつ指示を出せる立場にある人物は……限られています」


ザイルは一度言葉を切り、マーカスの反応を確かめるように視線を向けた。


「本日、私はこの花祭りの会場で、魔物と刺客、双方から同時に襲撃を受けました」


マーカスの眉が、わずかに動く。

その微細な変化を、ザイルは見逃さなかった。


「私が今日、この会場に来ることを正確に知っていた人物は……ごくわずかです」


ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。


「日程。場所。動線。それらを事前に把握し、魔物と刺客を同時に差し向けられる人物となると……」


ザイルの視線が、まっすぐにマーカスを射抜いた。


「候補は、自然と絞られていきます」


一拍の沈黙。


「……つまり、この襲撃は、私の行動を正確に把握していた者によるものです」


ザイルの視線が、真っ直ぐにマーカスを射抜いた。


「……それが、伯父上……あなたです」


「……推測に過ぎん」


即座に返ってきた声は、先ほどより低く、硬い。


「ザイル。証拠もなく、そのような疑念で王族を裁くつもりか?」


「ええ。ですから……」


ザイルは一歩、前へ出た。

その距離はわずかだが、立場を明確に示すには十分だった。


「証拠が揃うまで、あなたを『保護』しました」


マーカスの目が、鋭く細められる。


「……保護、だと?」


「はい。この教会です」


ザイルはゆっくりと教会の天井を見上げ、静かに両手を広げた。

逃げ道が存在しないことを、空間そのものに語らせる仕草だった。


「避難という名目で騎士団に命じ、伯父上をここから出さぬようにしました。外は魔物、内には騎士……万全でしょう?」


一瞬の沈黙。


「マキュベリー侯爵カールはすでに拘束されています」


その名を出した瞬間、空気がわずかに歪んだ。


「彼は……短時間で多くを語りましたよ、伯父上。罪を軽くすると伝えただけで、それはもう饒舌に……」


ザイルは淡々と告げる。


「伯父上、あなたが思っている以上に……事態は、すでに終盤に入っています」


その名を聞いた瞬間、マーカスの口元の笑みが消えた。


「……ほう」


だが、すぐに薄く笑い直す。


「一人の侯爵の証言で、この私を断罪する気か?ずいぶんと短絡的になったものだな、ザイル」


マーカスは嘲るように口角を上げた。だが、その視線の奥には、わずかな警戒が滲んでいる。


「いいえ」


ザイルは静かに首を振った。


「伯父上が思っている以上に……私は、かなり前から、あなたをよく見てきました」


その一言が、教会の空気をさらに張り詰めさせた。

次の言葉次第で、すべてが崩れ落ちる。

そう告げるような沈黙が、二人の間に横たわる。


やがて、ザイルは静かに息を整え、続けた。


「私はこれまで、幾度となく暗殺を受けてきました。伯父上も、ご存じのはずです」


「……当然だ。私はその都度、お前を守る立場として報告を受けていた」


「ええ。そして、あなたはいつもこう言いましたね。『刺客はすべて始末した』と」


ザイルは、マーカスから視線を外さずに告げる。


「……ですが、それは違います」


マーカスの眉が、わずかに動いた。


「暗殺者たちは、誰一人として殺されていません」


「……何を馬鹿な……」


「私の手の者が、暗殺者を殺したように見せかけ、伯父上に嘘の報告をしていました」


マーカスの目が見開かれる。


「ことは慎重に伯父上に怪しまれないように……城ではない、別の場所にある牢に全員、生かしたまま収容しています」


その言葉が落ちた瞬間、マーカスの表情から余裕が消えた。

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