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アクオスは、崩れ落ちていくマーガレットの姿から、しばらく目を離せずにいた。
鮮血に濡れた地面に、その細い身体が横たわる。
……ゴホッ、ゴホッ。
腕の中で、激しい咳が起こった。
ヘーゼルが苦しそうに息をつき、ゆっくりと目を開いた。
何度か瞬きをし、焦点の合わない視線が、やがてアクオスを捉える。
「ヘーゼル嬢!」
「ア……アクオス……様……」
か細い声に、胸を撫で下ろしながら、アクオスはすぐに彼女を抱き直した。
「大丈夫ですか!? 毒でやられたと聞いて……」
必死にヘーゼルの目を覗き込み、呼吸と脈を確かめる。
だが、乱れはなく、異変も感じられない。
「だ、大丈夫です……師匠から……もらった解毒薬を……飲みました……」
その言葉に、ようやくアクオスの肩から力が抜けた。
ヘーゼルは、自分が抱き留められていることに気づき、はっとして身じろぐ。
「……なるほど……立てそうですか?」
「はい……もう、大丈夫です」
ヘーゼルはアクオスの手を借りてゆっくりと立ち上がる。
そして、視界の端に倒れ伏す人影を見つけた。
「……マーガレット様!」
反射的に駆け寄ろうとした腕を、アクオスが静かに掴んで止める。
「ア、アクオス様!マーガレット様が……!」
アクオスは、静かに首を振った。
「……もう、事切れています……」
「そんな……」
ヘーゼルの声が震える。
「自分で……命を絶ちました……」
その言葉は、淡々としていながら、重く地に落ちた。
地面に横たわるマーガレットの表情は、悲しみをたたえていたが、狂気も、憎しみも、歪んだ執着も……すべてが、嘘のように消えている。
アクオスは、そっと目を伏せる。
「……ヘーゼル嬢、行きましょう。歩けますか……」
「はい……」
ヘーゼルは、最後にもう一度だけマーガレットを見つめ、
アクオスに導かれるまま、その場を後にした。
マキュベリー侯爵カールは、魔物の数があまりに少ないことに違和感を覚えていた。
「おかしい……魔物の数は、こんなものではなかったはずだ……」
用意した花の数、植えた場所、その配置。
どれを思い返しても、どう考えても数が合わない。
最後に確認したのだ、花に異常はなかったはず。
(このままでは……竜騎士たちに、すべて討伐されてしまう……)
報告では、魔物は順調に花を喰らっていると聞いていた。
それなのに、魔物のこの数の少なさ。
どこで失敗したのか、まったく思い当たらない。
高台から遠くを見下ろし、戦う竜騎士団の姿を睨みつけながら、カールはギリッと歯を食いしばった。
(このままでは……失敗だ。ならば……せめて、自分だけでも……)
敗北の予感が、背筋を冷たく這い上がる。
カールは踵を返し、その場から逃げ出そうとした。
「ぐっ!」
背後に人がいたことに気づく間もなく、何か硬いものにぶつかりカールはよろめいた。
「な、なんだ……!」
体勢を立て直し、苛立ちを露わにして顔を上げる。
そこに立っていたのは……。
「……マキュベリー侯爵。ずいぶんと慌ただしいご様子ですね。どちらへ?」
低く、嘲るような声。
「……サ、サキレス・メレドーラ……」
カールの顔から、血の気が一気に引いた。
サキレスは、いつの間にか背後に立ち、逃げ道を塞ぐように腕を組んでいる。
その表情には、微笑とも冷笑ともつかぬ歪んだ影が浮かんでいた。
「まさか、この状況でお一人だけ退場なさるおつもりでしたか?」
「ち、違う!これは……!」
「違わないでしょう?」
サキレスは一歩、ゆっくりと距離を詰める。
「あなたが植えた『花』は、すでにすべて把握しています。魔物の数が合わないと思ったのでは?まあ、当然ですが……」
「なに……?」
「あなたの計画は……最初から、こちらの掌の上だったという事ですよ」
カールの背後には、もはや逃げ道はない。
高台の下では、竜騎士団の咆哮が、勝利を告げるように響いていた。
「マキュベリー侯爵。観念してください。あなたの『舞台』は……もう終幕です」
カールは、その鋭い視線に射抜かれ、ゴクリと喉を鳴らした。
サキレスの瞳が、冷たく光っていた。




