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アクオスは、竜騎士たちと共に魔物と対峙していた。
剣と竜の爪が次々と敵を屠り、咆哮は徐々に数を減らしていく。
戦場に満ちていた殺気も、わずかに薄れ始めていた。
そろそろ、場を移すか。
そう判断しかけた、その瞬間だった。
「アクオス様!!」
馬の蹄の音と共に、ヨーデルが血相を変えて竜騎士団の戦場へ駆け込んでくる。
「ヘーゼル嬢を探してください!!!マーガレットに追われております!!」
「……なんだと!?」
アクオスの表情が、はっきりと変わった。
「ヘーゼル嬢の護衛はどうした!」
「申し訳ございません!マーガレットが連れてきた男たちに襲われ、護衛はそちらの対応を余儀なくされ……ヘーゼル嬢だけでも逃がしましたが……!」
「……チッ!」
短く、苛立ちを噛み殺した舌打ち。
アクオスはすぐさま竜の首元へ身を寄せ、ブラッドに何事かを低く囁く。
ブラッドはすぐさま、地を蹴り、風を裂いて飛び立った。
ヘーゼルとマーガレットがいる一帯に、ぶわりと強烈な風が巻き起こる。
砂と埃が舞い上がり、空気が一変した。
倒れているヘーゼルの姿を認めた瞬間、アクオスは迷わなかった。
竜の背から飛び降り、地面を蹴って一気に駆け寄る。
「ヘーゼル嬢っ!!!!!!!!」
その叫びに、沈みかけていたヘーゼルの意識が、わずかに浮上する。
(……だれ……?)
重たい瞼は開かない。
だが、その声だけは、間違えようがなかった。
「ア……ク………………」
喉を震わせ、必死にアクオスの名を呼ぼうとする。
けれど声は音にならず、かすれて、口元で消えていった。
そのとき、甲高い声が割って入る。
「まあ!アクオス様!ごきげんよう」
マーガレットだった。
状況など意にも介さぬように、嬉しそうな微笑みを浮かべている。
「マキュベリー侯爵令嬢…………」
アクオスは即座にヘーゼルを抱き上げ、その小さな身体を庇うように腕を回した。
「どういうことだ!」
「どういう……?とは、なにがですの?」
とぼけた口調。
だが、その瞳の奥には歪んだ光が宿っている。
「ヘーゼル嬢に、なにをした!」
抑えきれぬ怒りが、低く鋭い声となって響く。
それは竜騎士としてではなく、一人の男としての視線だった。
「まあ……そんな怖いお顔は、アクオス様には似合いませんわ」
マーガレットは、本当に理解できないと言いたげに首を傾げる。
「……ヘーゼルさんは、もう毒が回って動けませんの。残念ながら、私は解毒薬を持っておりませんから……助けることはできませんわ」
そう言って、ちらりとヘーゼルを見る。
「アクオス様も、まさか解毒薬などお持ちではないでしょう?ですから……残念ですが、もう、あきらめたほうが……」
「……マキュベリー侯爵令嬢」
アクオスの低い声が、マーガレットの言葉を遮った。
「そのナイフは、何だ?」
「え?」
一瞬きょとんとした後、マーガレットは手元の短剣を見下ろす。
「ああ……このナイフですか?毒が塗ってありますの。危のうございますから、アクオス様はお触りにならないでくださいませ」
「……マキュベリー侯爵令嬢……」
アクオスは、マーガレットの『異常』をはっきりと悟っていた。
話の内容も、口調も、感情の向け方すら、すべてが、この場にそぐわない。
「……アクオス様」
マーガレットは、ふいに声を落とした。
「お願いがございますの。私のことを……『マーガレット』と呼んでくださいませ」
「……」
アクオスは、ただじっと彼女を見つめるだけで、答えない。
「……お願いしますわ。私の、たったこれだけの願い……叶えてくださいませんか?」
「……」
沈黙。
「…………そう、ですか」
マーガレットは、ゆっくりと微笑みを歪めた。
「アクオス様は……この小さな願いさえ、叶えてはくださらないのですね……」
そして、ぽつりと、抑えていた感情が零れ落ちる。
「……ずっと、ずっと、お慕いしておりました……けれど私は、父から望まない婚約を結ばされ……傷物にもなりました……」
声は震え、言葉は次第に掠れていく。
「もう……何も望んでおりません……ただ……最後に……名前だけでも……」
涙が一筋、頬を伝った。
「本当に……残念、ですわ……」
次の瞬間。
彼女は、ためらいもなく、手にしていたナイフで自分の腕を切り裂いた。
鮮血が宙に散り、地面を赤く染める。
「あなたが……大切になさっていた……そこの女を道連れに……私も……ここで、終わろうと思います……」
マーガレットの視線は、確かにアクオスを捉えていた。
「アク……オス……様に……見られながら……死ねる……なんて……しあ……わ…………」
言葉は途切れ、
マーガレットの身体は、糸の切れた人形のように、地面へと崩れ落ちた。




