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アクオスは空からその様子を見届けると、ブラッドをゆっくりと降下させ、地上へと舞い戻ってくる。
「最近多い異形種の魔物……魔の森の奥に何かがあるなら……その兆候だ」
アクオスの声は、静かだがはっきりと響いた。
すでに討伐そのものではなく、その背後にある『異変』を見据えている。
アクオスが記憶をなくした時の魔物も異形だったが……。
「デルダ、イーライ。お前たちは今夜の報告書をまとめろ。コアは封印処理して、後から来る騎士団に渡す」
「了解しました、団長」
二人はすぐに動き出し、魔物のコアを専用の黒鉄箱に収め、封を施す。
やがて、城の騎士団が到着し、魔物の残骸処理や結界の設置を始めた。
「よう、アクオス!……なんだこいつは?」
大きな艶やかな黒毛の馬にまたがり、騎士団の先頭に現れたのはアクオスの兄、騎士団団長のカイロスだった。
「……カイロスか。めずらしいな、現場に出てくるなんて」
「そうか?お前がいなかった二年間、けっこう来てたぞ?」
「……カイロス様、先日は竜舎用の壁の建設許可を後押ししていただき、ありがとうございました。無事に着工に入れました」
イーライがカイロスに律儀に礼を述べにきた。
「おお、イーライか!気にするな。竜に何かあったら一大事だからな!」
カイロスは馬から軽やかに降りると、手綱を近くの部下に預けて歩み寄ってくる。
アクオスはその姿に軽く目を細めながら、ぼそりと告げた。
「じゃあついでに、騎士団と竜騎士団の間にも壁を建てさせろ」
「おいおい……お前、それ、まだ諦めてなかったのか?」
「……あの女が竜舎に入り込んだのも、お前たち騎士団の演習場からだった。あそこに壁があれば、入り込めなかった」
「うーん、それはダメだな、アクオス。俺とお前の間に、壁なんて作らせねぇぞ」
「……ふざけてるのか?」
「いいや、本気だ。お前がいなかった二年間、お兄ちゃんがどれだけ寂しかったか……!」
カイロスが兄らしくアクオスの肩を組もうとするが、アクオスは身を引いて交わす。
「……イーライ、相変わらず俺の弟は冷たいな」
「カイロス様、団長が不在の二年間、『帰ってきたらちょっとは俺に甘えてくるかも!』って、密かに期待してましたよね?」
イーライがクスクスと笑いながら言う。
「そうなんだよ!二年も離れてたら、兄弟である俺の事を恋しく思うもんだろ?帰ってきたら昔みたいに俺のあとをついてくると思ってたんだが……どこで間違った?」
「前よりサバサバして帰ってきましたもんね」
「だろ!?そうなんだよ!期待してた俺の気持ちはどうなるんだよ。……おいブラッド、お前、二年間アクオスをどんな育て方してたんだよ……」
遠巻きにこちらを見ていた白竜ブラッドに、カイロスが半分本気で文句を言う。
ブラッドは黙ってアクオスとカイロスを見比べていたが、特に反応を返さない。
「……あの二年間は、団長の七不思議のひとつですからね。ブラッド以外、真相を知ってる者はいませんよ。そもそも団長も自分が何していたか知らないんですから」
「イーライ、終わった話みたいに言うなよ。俺はまだ『お兄ちゃん!』って頼ってくるアクオスを諦めてないんだから!」
ついに堪えきれず、イーライは腹を抱えて笑い出した。
「チッ……」
アクオスは舌打ちすると、やや不機嫌な表情で黒鉄の箱をカイロスに押し付ける。
「お、なんだこりゃ?」
カイロスは受け取った箱を手に取り不思議そうに見る。
「この魔物のコアだ。見ての通り、異形の魔物だった。出てきたコアは、色も密度も異常だ。封印処理は済ませてある」
「……なるほどな。異形種か……調査部に渡しておく」
急に真剣な顔つきになり、鋭い視線で死んでいる魔物を見つめるカイロス。
そして、カイロスが騎士団と竜騎士団の役割交代を告げると、アクオスを先頭に竜騎士たちは次々に空へと舞い戻っていった。
だが、その顔には、いつものような誇らしさも、任務完了の安堵もなかった。
今回の魔物は、ただの討伐では終わらない。
騎士たちはすでに、その背後にある『異変』の気配を、肌で感じ取っていた。




