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刺客が六人、ザイルを取り囲んでいたが、ザイルの前にカイロスが躍り出た。
刺客はナイフ、短剣、弓まで混ざっている。さすがに殿下を狙うだけあって、全員が洗練された動きだ。
「殿下、お待たせしました。代わりましょう」
そう言って、カイロスは口元が笑った。
とても嬉しそうだ。
それを見たザイルは、
カイロスが魔物を追い払った瞬間から、刺客たちの気配が一斉にカイロスへ向いたことに気づき、肩をすくませる。
「……うん?これからはカイロスのお楽しみの時間かな?」
そう呟くと、ザイルはのんびりした動きで、背後の石に腰を下ろした。
剣を地面に突き立て、完全に観戦モードである。
「がんばれ、カイロス。応援しているぞ」
軽い拍手までしている。
当のカイロスはザイルの応援が聞こえているのか聞こえていないのか、楽しげに剣を回していた。
カイロスがノリノリでこうなっては止められないことを知っている騎士団員たちも、ザイルを囲って並び立ち、警戒を解かぬまま観戦しはじめた。
「六人も相手してくれるなんて……久しぶりだな。これは腕が鳴る……」
刺客たちは一斉にカイロスへ飛びかかった。
カイロスは後退するのではなく、逆に前へ踏み込む。
「はい、まずひとり!」
目にも止まらぬ速さで横薙ぎの一閃。
刺客のナイフが弾かれ、持ち主は後方へ吹き飛んだ。
「なっ……!」
「まだまだ!!」
跳躍し、二人目へ。
刃と刃がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。
そのまま剣をひねり、相手の重心を崩すと、膝蹴りを胸元へ叩き込んだ。
「ぐっ……!」
刺客は呻き声を上げ、地面に転がる。
「おお……やっぱりカイロスは強いな」
ザイルは頬杖をつき、実に呑気だ。
その間にも、カイロスは三人目と四人目を同時に相手取っていた。
「おお!?二人同時か!悪くない判断だ!……だが……」
カイロスは楽しげにそう言いながら、片方の剣を弾いて身体を半回転。
その勢いのまま、もう片方の刺客のすねを蹴りつけて転倒させる。
倒れた瞬間、背後の刺客が襲いかかるが……。
「遅い!」
剣の柄で顎を撃ち上げ、刺客は白目を剥いて崩れ落ちた。
「四人目!……いや、五人目か?」
カイロスはもう数えるのさえ楽しそうだ。
最後の一人が震える手で弓を構えながら後ずさる。
明らかに戦意を失っていた。
「ほう、弓が最後に残ったか……」
弓を引いた刺客は、近距離にもかかわらず、カイロスの威圧に手が滑ったのか、矢はカイロスとは違う方向へ飛んでいった。
それを見たカイロスはにっこり笑うと、あっという間に距離を詰め、柄頭で首元を軽く叩く。
弓の刺客は糸の切れた操り人形のように倒れた。
六人全員が地面に転がったのを確認し、カイロスはふうっと息を吐いた。
「いやぁ……良い運動になった」
その言葉に、ザイルがぱちぱちと拍手を送る。
「お疲れ、カイロス。見事だったぞ。……本当に私は何もする必要がなかったな」
「殿下がご無事で何よりです。私としては……刺客の人数が少なすぎたのが不本意ですが」
「いやいや。さきほどは魔物までいたんだぞ。ヘーゼル嬢の魔物除けがなければ、全員危なかった。竜騎士団も持ち場の防衛で手一杯だ。援護が来る状況ではなかったからな」
「……それも、確かに」
カイロスは頷くと、騎士たちに声をかける。
「おい、おまえたち。転がってる奴らをロープで縛れ。後でじっくり話を聞く。自害されても困るから、木でも咥えさせておけ」
「「はっ!」」
騎士たちは即座に動き出した。
ザイルはふと空を仰ぎ、遠い山間にゆらりと立ち上る黄色の煙に気づいた。
「カイロス、南側の魔物……討伐完了らしい。思ったより早かったな」
カイロスも振り向き、細めた目で煙を追う。
「当然でしょう。例の花の偽物、六割ほど植え替えが成功したと聞いています。敵の思惑ほど魔物が異形化しなかったわけですから……竜騎士団にとっては、さほど厄介な相手ではなかったでしょうね」
その言葉どおり、南の空から数頭の竜が、悠然と翼を広げて戻ってくる。
夕日を背負ったその姿は、勝利を告げる旗印のようだった。
ザイルはその光景に目を細め、胸の奥にようやく安堵を落とす。
「南を守っていた竜騎士団も合流するだろう。……これで、会場は落ち着くな」
「では、殿下。マーカス様のもとへ?」
「……そうだな」
ザイルは立ち上がり、地面に刺していた剣を鞘へ収めた。
その横顔には、どこか悪戯を思いついた少年のような、意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「今頃、伯父上は安全な場所に避難して……内心、高笑いでもしているだろう。死んだと思っている甥が現れたら、さぞ驚くだろうな」
その声音には皮肉と、ほんの少しの痛快さが混じっていた。
「行こうか、カイロス。あちらにはすでにサキレスも到着しているだろう。お前も見物に来る価値はあるだろう」
「もちろん、見逃せませんね」
カイロスは微笑を浮かべ、恭しく一礼した。




