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ヘーゼルは、ヨーデルとほか四名の騎士に守られながら、まだ魔物が現れていない北側の村外れを目指して走っていた。

祭りの参加者や村人たちも同じ方向へと誘導されており、押し寄せる人波が、ヘーゼルたちの進む速度を容赦なく削いでいく。


ヨーデルや騎士たちは日頃から鍛え上げられているだけあり、息ひとつ乱れていない。

だがヘーゼルは、ほかの令嬢より体力に自信があるとはいえ、さすがに長時間走り続けるのは厳しかった。


胸が大きく上下し、足取りが次第に重くなっていく。

自分でもはっきりと限界が近いとわかる、そのときだった。


ほんの小さな石に足先を取られ、体が前へと傾く。

支えきれず、ヘーゼルは地面に膝をついてしまった。


「ヘーゼル!大丈夫!?」


ヨーデルがすぐさま駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。

しかし胸が苦しく、息が乱れきっていて、ヘーゼルはすぐに言葉を返せない。


「……ごめんね。ヘーゼルが普通の令嬢だって忘れてたわ。ここからは歩きましょう」


「……ご、ごめん……なさ……い……。あしで……まといに……なって……しまって……」


途切れ途切れに、ようやく謝罪の言葉を紡ぐ。

ヨーデルに手を引かれて立ち上がり、その肩に支えられながら歩き出した。

ほかの騎士たちも自然と周囲を固め、歩調を合わせるように速度を落とす。


「ハァ……ハァ……み、みなさん……ま、魔物除けは……持って……いますか……」


「ええ。騎士団には全員、支給されているわ」


そう言ってヨーデルは、液体の入った小さなガラス瓶をポケットから取り出して見せた。


「よ、よかった……。なにか……あったら……それを……魔物の前に……投げて……ください……。魔物が……ちゅ、躊躇したら……その隙に……逃げて……」


それは、騎士団だけが知る事実だった。

王太子の命により、魔物除けの薬は「虫除け」として、花祭りの参加者全員に入場時すでに振りかけられていたのだ。


花祭りは虫が寄りやすい催しであるため、参加者たちは何の疑いもなく従った。

その結果、村人や参加者たちには最低限の魔物除けが施されている。


さらに騎士団には、瓶入りの魔物除けが事前に支給されていた。


ヘーゼルはそっと、自分のスカート越しに瓶の形を確かめる。

掌に伝わる冷たい感触が、わずかだが心を落ち着かせてくれた。



一方、その頃。


王太子ザイルは剣を構え、目の前でナイフを握る刺客と対峙していた。

彼を守る騎士たちは、突如として現れた魔物と応戦している。


火を吐く魔物と刺客。

まるで示し合わせたかのように、二つの脅威は同時に姿を現し、ザイルへと襲いかかってきた。

刺客のナイフが閃いた、その瞬間。


疾風のように影が走る。


「殿下、下がって!」


叫びと同時に踏み込んだのは、カイロスだった。

刺客が反応するより早く、細身の剣が弧を描き、ナイフの軌道を弾き飛ばす。


キィンッ!


甲高い金属音とともに火花が散り、刺客の手が大きく揺らいだ。


「ちっ……!」


体勢を立て直す前に、カイロスはさらに踏み込む。

切っ先が喉元へ迫るが、刺客は身をひねり、ぎりぎりでかわして後方へ跳んだ。


「殿下には、指一本触れさせん!」


淡々とした声。

しかしその瞳は、鋭く敵を射抜いている。


周囲ではアダンを中心に護衛騎士たちが魔物と交戦していたが、激しい攻撃を食い止めるだけで精一杯だった。

魔物の咆哮が響き、騎士たちの剣がじりじりと押し込まれていく。

カイロスは一瞬それを横目で確認し、すぐに剣を構え直してザイルの横へ立った。


「……二方向から同時とは、やられたな」


ザイルが低く呟き、剣を構える。


「ええ。でも、こちらには……これがあります」


カイロスがザイルを庇うように前へ出る。

その直後、魔物が突進してきた。


騎士たちの対応が間に合わない。


「殿下、今だけ刺客の方をお願いします!」


叫ぶと同時に、カイロスは地を蹴り魔物に突進して行く。


「お前たちが苦手なものを、くれてやる!」


取り出した魔物除けの瓶をありったけ魔物へ投げつける。

瓶はぶつかり合い空中で砕け、液体が飛沫となって魔物の頭上に降り注いだ。


その匂いを嗅ぎ取った魔物は、


「ギャアァァァァーーー!」


と悲鳴を上げ、混乱したまま逃げ去っていく。

その隙を逃さず、カイロスは体をひねり、ザイルと刃を交えている刺客へと向き直った。


「魔物は倒せなくても……人間の相手なら、問題ない!」


不敵に笑い、剣を構えたまま大きく跳躍した。

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