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「……昔、ヘーゼル嬢に教えていただいた薬草がありますね」


「……覚えておいでなのですか?」


「ええ。記憶に残っていないことも多いのですが……薬草の基本的な知識は、しっかりと覚えています」


「……こうして昔のお話をするのは、あれ以来でしょうか。アクオス様にとっては、嫌な記憶かもしれませんが……」


「いえ。あれほど幸せな時間はありませんでした……。嫌な記憶ではないからこそ、すべて思い出したいと思っています」


「私も、とても幸せな時間でした……レイのおかげで……いえ、アクオス様とブラッド様のおかげで、父と私は本当に楽しい二年間を過ごせました」


「……ブラッド?」


「ええ。ブラッド様が私たちの元へ、レイ……アクオス様を連れてきてくださったのだと思っています」


「そう……言われれば、そうなのか……?」


「ふふ、きっとそうです。私はブラッド様に『恩返しがしたい』なんて、図々しいことを考えていました……。ですから、ブラッド様のパートナーであられるアクオス様を助けることがブラッド様に与えられた恩返しの機会だったのかも……と」


「……恩返し?」


「はい。じつは、私、小さな頃に一度、ブラッド様にお会いしているのです」


「……ブラッドと、あなたが?」


「はい。昔、ガゼット領の湖で、赤い綺麗な石を拾いました。その石を取ろうとした拍子に湖へ落ちてしまったのですが……その時、助けてくださったのが、ブラッド様でした」


「……助けた?」


「はい。真っ白な竜でしたので覚えています。当時、白い竜を見た者はおらず、周りのみんな『見間違いだ』と言いましたけれど……そのうち、アクオス様の竜が白い竜王だと知って、ああ、やはりあれは本物だったのだとわかったのです」


「……なるほど。しかし、それはおかしいですね。竜は、加護を与えた者にしか反応を示さない。だから……湖でブラッドがヘーゼル嬢を助けたというのは、不思議です……」


「ええ、私も不思議に思って調べました。そして気づいたのです。あの時、拾った赤い石……あれは、ブラッド様の目と同じ色をしていました。そしてブラッド様が立ち去ると同時に、その石は跡形もなく消えて……手のひらには赤い粉だけが残っていたのです。その赤い粉も気がつけば手の平からなくなっていました」


「……竜の逆鱗……」


「はい。今思うと……そうではなかろうかと……」


竜の逆鱗とは、竜の首元にある、通常よりも小さな鱗のことで、普段は姿を見せることはほとんどない。

竜は生涯のパートナーを選ぶと、その逆鱗を竜騎士へと差し出すと言われている。


竜騎士たちが竜と以心伝心できるのは、この逆鱗が媒介の役割を担っているためだと古い伝承には記されている。


竜騎士たちはこの件について多くを語らないため真偽は定かではないが、逆鱗の色は竜自身の瞳と同じであることが多く、そして逆鱗を授かった騎士は、それを肌身離さず持ち歩くのだという。


「……ブラッドの逆鱗は、確かに今は私が持っているが……なぜそんなところに……?」


「どのような事情かは分かりませんが……ブラッド様が私を助けてくださったのは、私が逆鱗を持っていたからではないかと思うのです。結果的にはブラッド様に助けられましたが……もしかすると、ただ逆鱗を取り返したかっただけなのかもしれません。それでも……あの時、助けていただいたのは事実です。だからこそ、私は恩返しがしたいのです」


「……なるほど。なぜヘーゼル嬢の元に私がいたのか……なぜ竜があなたに懐くのか……ようやく分かった気がします」


「え?どうしてでしょうか……?」


「詳しくは話せませんが……おそらくヘーゼル嬢には、多少なりともブラッドの加護があるのだと思います」


「ブラッド様の……加護が、私に?……」


「ええ。本来、竜騎士以外が竜に近づくことなどできません。しかし、ヘーゼル嬢は偶然とはいえ、ブラッドの逆鱗を拾ってしまった。そのためブラッドは逆鱗を回収しようとして……結果的に、溺れていたあなたを助ける形になったのでしょう。そして……おそらくブラッドは、故意にあなたの手に粉を残していったのでしょう。それが加護となっていると思われます」


「……あの時の粉が、加護……?」


「そうです。竜は、竜騎士が竜のために良い行いをすれば、必ず何らかの形で『感謝』を返します。その在り方は竜によってさまざまですが……そうやって、竜と竜騎士は互いを信頼するパートナーになっていくのです」


少し言葉を選ぶように、アクオスは続けた。


「おそらくブラッドは、あなたに感謝の証としてあの粉を残したのでしょう。逆鱗の粉は体に吸収され、今もブラッドの加護として宿っている。……だからこそ、他の竜たちがそれを感じ取り、ヘーゼル嬢に懐いたのだと思います」


「まあ!私にブラッド様の加護が……!?」


「ええ。だからこそ、私が不用心な子供の姿であった時も……あなたのいるガゼット家に預けられたのだと思います」


「……とても、不思議です。でも、ブラッド様からの感謝があったから、今こうしてアクオス様と一緒にいられるのですね……。私、もっとブラッド様に感謝しなくては……」


「……竜はまだまだ謎が多い生き物です。私も加護を受けている身ですが、わからないことの方が多いくらいで……。ですからヘーゼル嬢、加護があるからといって無茶は禁物ですよ」


「はい!どんな加護なのかも分かっていませんし……今まで通り過ごします!」


その元気な返事が思った以上に大きかったのか、カウンターでうたた寝していた店主が目を覚ました。


「おやまあ……お客様だねぇ。うたた寝していてすまなかったね……何かお探しのものは見つかったかい?」


ヘーゼルとアクオスはびくりと肩を揺らし、同時に振り返った。


「ほう、なんとも可愛らしいお嬢さんだ。それに……私の目が節穴でなければ、あなたは竜騎士団の団長様じゃないかい?ああ、そして、お嬢さんのその花の色……なるほど、なるほど」


店主はラグーナの作ってくれた帽子の花を見て、何かを納得したように深く頷いた。


「帽子の花の色が……何か……?」


「ん?まさか知らないでその帽子を被っているのかい?」


「え、ええ……この帽子はいただきもので……」


「そりゃまた。花祭りではね、帽子や飾りに使われている『花の色』にちゃんと意味があるんだよ。白は未婚の乙女、赤は既婚の淑女、黄色は恋人募集中、青は結婚経験はあるけれど今は一人、紫は婚約中。そしてピンクは『パートナーは不要』。子どももピンクだね」


「そ、そんな……!」


ヘーゼルは慌てて帽子を脱ぎ、花の色を確かめた。

白と紫。


つま『未婚で、婚約者がいる』という意味だ。


(えぇ!? 待って……この帽子をラグーナ様にいただいたのって、かなり前のはずよね……?どうして『婚約中』の色なんて分かっていたの……?いえ、アクオス様は……まずお父様へ正式に挨拶をしてから、そのあとでメレドーラ家にも伝えるっておっしゃっていた。だから、まだメレドーラ家の皆様には婚約の話はしていないはずなのに……どうして……?)


頭が追いつかずパニックになりかけていると、アクオスがぽつりと呟いた。


「……さすが母上だ……」


どこか満足げに、大きく頷いている。


(ま、まさか……こうなることを見越して、この帽子を……?そ、そんな……は、恥ずかしすぎる……!!)


この帽子をかぶり、男性と歩くということは、『この人が私の婚約者です』と公然と示している、ということ。


先ほどからの周囲の女性たちの険しい視線……。


(ああ、そういうことだったのね……!)


「アクオス様、知らなかったとはいえ、この帽子を堂々とかぶってしまい申し訳ありません!まさか、そんな意味があるとは……」


「……なぜ謝られるのです?ヘーゼル嬢は何も悪くありませんよ」


「で、ですが……私、堂々と……アクオス様の婚約者だと触れ回っていたようでして……」


「……婚約者ですよね?」


「え……それは……はい、その……そうだとは思うのですが……」


「『思う』ではなく、そうなのです。ヘーゼル嬢は、私の自慢の婚約者です。何も間違っていません」


その一言に、ヘーゼルは真っ赤になって口をぱくぱくさせるしかなかった。


そんな二人を見て、店主が腹を抱えて笑い出した。


「あははははっ!そりゃあいい、なんて可愛いカップルなんだろうね! まだ婚約して日が浅いんだろ? そりゃあ花祭りも楽しいだろう!よし、いいよ、今日は特別だ。あんたたちが薬草を買うなら半額にしてあげるよ!」


何がそんなに気に入ったのか、店主はご機嫌でそう宣言した。


ヘーゼルは多少の気恥ずかしさを覚えつつも、これは好機と割り切り、遠慮なくあれこれと買い物を楽しんだ。


店を出る際にもアクオスが代金を払おうとしてくれたが、さすがに薬草だけは自分の領分だと感じ、ここはきっぱり辞退して自分で買い取った。

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