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アクオスが大通りを歩くだけで、空気がざわめいた。
それはそうだ。
この国の至宝と名高い、美しすぎる竜騎士団長アクオス・メレドーラ。
彼が通りを横切るたび、露店の女性たちは小さく声を漏らし、遠巻きに見つめて頬を染めた。
中には、腕を組んだパートナーを振り切り、アクオスに近づこうとする女性まで現れる。
「ねえ、あなた竜騎士団の団長様でしょ?少しだけ……」
アクオスは無遠慮に伸ばされた手をいとも簡単に避け、声を掛けて来るものに視線すら向けない。
冷淡でもなく、ただ、興味のないものとして。
先ほどから、アクオスの視線が向くのは、ただひとり。
ヘーゼルだけ。
その徹底ぶりに、ヘーゼルの目は何度も白黒した。
(……アクオス様って……こんなだったかしら……)
ヘーゼルは現実逃避がてら、レイ……小さかった彼を思い返す。
レイも整った顔立ちではあったけれど、「可愛い弟」として接していた。
そんな可愛い弟が、まさか、国に名を轟かすほどの美貌を持つ男だったとは思いもしなかったわけだが……。
ヘーゼルは、隣を歩くアクオスをちらりと見上げる。
今の彼は、可愛い弟ではない。
自分の婚約者として隣を歩いているのだ。
そんな戸惑いを抱えたまま、手を繋いだ二人は露店の前に足を止めた。
「まぁ……このブローチ、薬草を形どっているのね、素敵……」
ヘーゼルは、ふと目に留まった一つの商品へそっと視線を向け、小さな声で呟いた。
金色の縁取りに、淡い水色の石が嵌め込まれた、小さなブローチ。
植物をモチーフにしたその繊細な細工は、ひときわ上品な輝きを放っていた。
それを見たアクオスは、そこから……止まらなくなった。
「では、こちらを購入しましょう……これも似合いそうです。ああ、これもヘーゼル嬢の瞳にあいますね……」
「ア、アクオス様!?……」
店主はアクオスに言われるがまま、文字通り右へ左へと大慌てで商品を包み、積み上げていく。
ブローチ、髪飾り、小瓶、皮細工。
目につく限りの品が次々と包まれていく様子に、ヘーゼルはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
一通りの商品を買い終えたアクオスは、淡々と金貨で支払いを済ませ、落ち着き払った声で告げる。
「これらをこちらの宿へ届けておいてください」
店主に折りたたまれた紙を渡す。
それを受け取った店主は腰を折り曲げるようにして深々と頭を下げ、急いで荷物の準備に取りかかる。
ヘーゼルは、ようやく我に返り、震える声でアクオスに問いかけた。
「……あのう……アクオス様、本当に……全部、お買いに?」
「もちろんです。ヘーゼル嬢がお目を留められた。理由はそれで十分でしょう」
揺るがない声で告げられたその一言。
その甘さと独占欲の混ざった声音に、周囲で見ていた女性たちが思わず息を呑む。
視線の熱が一気に集まり、ヘーゼルの頬がまた、ふわりと赤くなった。
(……アクオス様が……こんなことをなさったら……国中の女性が惹かれてしまいますわ……)
「さあ、他の店にも行ってみましょう」
繋いだ手を引き、アクオスは当然のように笑顔で歩き出す。
ヘーゼルはその後をついていくが、その胸の内は、ドクン、ドクンと、抑えきれないほどに高鳴っていた。
「あ!」
ヘーゼルは、ある店に目を止めた。
アクオスはヘーゼルが目で追うものをすぐに購入してしまうので、正直躊躇したのだかどうしてもその店に行きたくなってしまった。
その店の看板を見た瞬間、我慢が出来なくなったのだ。
『異国の薬草』と書かれたその店は、路地の奥にひっそりと建っていた。
メインストリートの喧騒から外れ、奥まった路地には、もともとそこに店を構える古い店が静かに営業している。
「あの、アクオス様。あちらのお店に入りたいのですが……よろしいでしょうか?」
「……薬草の店ですね。もちろん、ヘーゼル嬢が行きたいお店に行きましょう。しかも専門店なら……落ち着いて見られますね」
先ほどまで、どこへ行っても女性から声をかけられたり、騒がれたりしていたアクオスは、さすがに少し疲れた様子だった。
(……私が手を繋いで隣にいるのに、まるで見えていないかのようにアクオス様へ押し寄せる女性たち……。あれは、確かに恐ろしいほどだったわ)
カラン、とドアベルが鳴り、二人は店に入った。
途端、森の奥に踏み込んだかのような澄んだ空気と薬草の香りが、肺いっぱいに満ちていく。
思わず、ヘーゼルは深呼吸した。
アクオスは店内をすばやく見回し、危険がないと判断したのか、そっと警戒を解いた。
店主らしき年配の女性がカウンターでうたた寝をしている。
ドアベルの意味がない光景に、ヘーゼルは思わずクスッと笑ってしまった。
同時に、こんなに無防備で大丈夫なのかと、少しだけ心配にもなる。
ひとまず店主を起こさないよう、静かに商品を見ることにした。
棚に並ぶのは、ほとんどが乾燥させた薬草だ。
乾燥薬草は摘みたてより効能は落ちるものの、長く保存できる優れもの。
さらに他国から運ばれてくる品も多いため、珍しい薬草を手に入れられる利点もある。
知っている薬草がほとんどだったが、中には見たことのないものもあり、ヘーゼルの胸は自然と高鳴った。




