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青い空に、薄絹のような白い雲がゆっくりと流れていた。

風は柔らかく、陽光は優しく降りそそぎ、完璧な快晴だった。


マイル村は、この季節になると王都からも多くの人が訪れる。

ガゼット領と王都のほぼ中間に位置する大きな村で、毎年開かれる花祭りは誰もが心待ちにしている一大行事だ。


色とりどりの花が街路を飾り、屋台の店主たちは声を張り上げ、

恋人たちは指を絡め、笑顔で花を選んでいた。


そんな幸福に満ちた空気の中、ヘーゼルはひとり祭りの前夜祭の賑わいを眺めていた。


本来なら今日、アクオスと共にこの花祭りへ来るはずだった。

アクオスがヘーゼルを公爵家に迎えに来て、竜に乗り、空からこの村へ降り立つ。

そんな予定だった。

だが近頃、魔物の出現がさらに激しくなり、アクオスは急遽その討伐へ向かうことになってしまった。


「ヘーゼル嬢、大変申し訳ないのだが……当日の予定も不確かな状況になってしまいました。先にマイル村へ行っていてくれないでしょうか。必ず祭り当日には間に合うように参ります」


そう言ってアクオスは笑ったが、その声音には戦場へ向かう者特有の緊張が滲んでいた。


そのためヘーゼルは、予定を変更して先に村へ向かうことになり、

昨日、アクオスの竜ブラッドに乗ってマイル村まで送られてきたのだった。

もちろん、護衛もたくさんつけられて。


王都からマイル村まで通常であれば馬車なら四日はかかる道のり。

それを、竜で駆ければ数刻。

空の旅の余韻がまだ体に残っている。


(……アクオス様、ご無事かしら……)


その小さな不安が、彼女を翻弄する長い一日の始まりになることを、この時のヘーゼルはまだ知らなかった。



花祭りの当日は、朝から昨日の前夜祭とは比べものにならないほどの人であふれ返っていた。

通りには色とりどりの屋台が並び、花飾りを身につけた老若男女が楽しげに行き交っている。

ヘーゼルは宿の二階の窓辺に腰を下ろし、その賑わいを眺めていた。


(……まあ!あの花は見たことがないわ。あんな艶やかな紫……。あちらのご令嬢の帽子も可愛らしいわね。白い小花に、緑の葉をこれでもかと飾って……あら? よく見るとあれ、ダーラの葉ね? 痛み止め薬を作る時に使う……まさか薬草を帽子に飾るなんて……ふふ、意外と皆さん自由だわ)


窓を開ければ花々の香りがふわりと香ってくる。浮き立つ気持ちを抑えつつ、ヘーゼルは小さく息をつく。

一足先に祭り会場へ行くことも考えたが、これだけ混雑していては護衛が骨を折るだろうと考え直した。

そして、何よりヘーゼルが一人で出かけることをアクオスが嫌がるだろうと思い、部屋に待機することにした。


あれから……師匠は魔の森を駆け回り、花の無効化作業に奔走していた。

忙しさのあまり会う暇もないほどだったが、先日、サキレス様経由でひとつ朗報が届いた。

無効化した花をもとに、花の香りを再現することに成功したらしい。

さらに、その人工香は魔物が全く反応を示さなかったという『安全で、脅威を生まない花』をついに完成させたのだ。


(さすが、師匠だわ……大切な人を守りたいと珍しく言っていたから頑張ったのね)


これで新たな異形種の魔物が生まれるのは防げたはずだが、すでに森へ溢れ出してしまった異形種の残党はまだ多い。


(その討伐に、竜騎士団団長としてアクオス様が駆り出されているのだけど……異形種になった魔物は、あとどれほど残っているのかしら……)


花祭りには、ずっと前からアクオスと訪れようと約束していた。

しかし色々あり、気付けば自分たちは婚約してしまっていた。

今日は、婚約後はじめての二人きりの外出だ。


浮き立つ気持ちと同じほど、いや、それ以上に、アクオスの身を案じる不安が胸の底で静かに膨らんでゆく。


(アクオス様……本当に、無事で来られるのかしら。最前線で魔物と戦っているのだもの。連日の討伐と聞くわ……こ、婚約後のはじめてのお出かけなのに不安が尽きないわ……)


その『婚約』という言葉を思い出すだけで、まだ頬が熱くなる。


(アクオス様は『メレドーラの至宝』と言われているだけあって、本当に、美しいお顔なのよね……。婚約者だというのに、未だにあのお顔をまっすぐ見ることができないなんて……。レイのときは、あんなに平気で目を合わせられたのに……)


赤くなった頬を冷ますように、ぱたぱたと手であおいでいると、外から「わっ!」と大きなどよめきが上がった。

耳を澄ませば、王兄殿下、マーカス殿下の名を呼ぶ声が交じる。

どうやら、そろそろ花祭りが始まるらしい。


今年は、マーカス殿下が村の中心で開会の宣言をされると聞いている。


(そういえば……王太子殿下も会場に来ているのよね?『お忍び』と仰っていたけれど……今頃、村人に紛れて、お相手の方と楽しんでおられるのかしら……?)


ふわりと舞う花びらと、風に乗って流れてくる人々の笑い声が心地よい。

ふと、通りを歩く女性のドレスが視界に入った。時折、眩しいほど派手な装いが混じる。


(よかった……私のドレスはあそこまで派手ではないわ……。あれが標準だったら、花祭りに出るのを少し躊躇していたかもしれない……)


ラグーナの帽子と、シャナが選んでくれた今日の自分の装いにそっと目を落とす。

落ち着きがありながら気品を湛えた、薄紫とヘーゼル色のドレス。

帽子は……少し派手かな、と一瞬思うものの、白を基調に淡い紫の花がふんわりと飾られており、むしろ優雅さが際立つ。


(アクオス様……褒めてくださるかしら……)


そんなことを思っていると、部屋の外に立つ護衛が扉をノックして来訪者を伝える。


「アクオス様がお見えになりました」


どきり、と胸が跳ねる。

慌てて鏡の前で自分をざっと確認し、仕上げにラグーナの帽子を整えてかぶった。

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