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マーガレットは、貴族用とはいえ屈辱的な檻の中に囚われていたことを思い返し、体を震わせた。

今日やっと、この場所から屋敷に帰れる。


(やっとだ。本当に、やっと。)


まずい食事。不潔で不便な檻。

そして騎士たちから向けられる蔑みの視線。

どれを取っても、マーガレットが受けるべき扱いではない。


(どれもこれも、あの下等な子爵令嬢、ヘーゼルのせいだ)


唇が切れて血が滲むのも構わず、ギリリと噛みしめる。


(私は大したことなんてしていない!誰だって、あれくらいの嫌がらせはするでしょう!そもそも、やろうと言い出したのは私じゃなくてラウよ!そのくせ、ラウは私より早く牢から出たらしいじゃない!どうして私のほうが罪が重いのよ!帰ったら、ラウはお払い箱だわ……顔は良かったから惜しいけど……お父様にもっと格好いい従者を手配してもらわないと)


イライラしながらも、新しい従者のことを考えると少し楽しくなり、口元がゆるむ。


「お待たせいたしました、お嬢様。手続きが終わりましたので、馬車へどうぞ」


迎えに来たのは、父の古参の従者シルバだった。

年老いた侍従で、いつもマーガレットを厳しい目で見るため、彼女は彼が好きではない。


「……早く邸に帰りたいわ」


「ええ、そうでしょうとも」


シルバは無表情のまま御者席に座り、馬を走らせた。


(邸に着いたらお風呂に入って、マッサージして、美味しいお菓子とお茶でくつろぎたい……)


帰宅後の予定を頭に描きながら、はやる気持ちを抑える。


やがて馬車が速度を落とし、邸に着いたことを告げられたとき、マーガレットはすぐに違和感を覚えた。


まず、父も母も迎えに出てこない。

出迎えの使用人もかなり少ない。


そして極めつけは、見覚えのない立派な馬車が邸の前に停まっており、いつも自分の馬車が止まる場所を占領しているせいで、離れた位置に降ろされたことだった。


「ちょっと!なんなの、この馬車!邪魔じゃない!」


「……旦那様のお客様の馬車です」


「お客様?」


「はい。……さあ、お嬢様、お召し物を整えましょう」


「え?私、まず湯にゆっくり浸かりたいのよ。着替えは後でいいわよ」


「いいえ、まずは身支度をお願いいたします」


「なぜドレスを整えるの?あんな忌々しい場所から帰ってきたばかりなのよ。湯につかって楽な服に着替えて休むわ!」


侍従の訳のわからない物言いに、マーガレットは癇癪を起こす。


「……今いらしているお客様が、お嬢様にお会いになりたいと、旦那様から伝言です」


「伝言?この馬車に見覚えないわ。どうして私が会わなくちゃいけないの?」


「存じません。ただ……まず湯で清め、ドレスをお召しください」


「……わかったわよ!」


怒りを隠しもせず邸に入っていく。

すぐに侍女が湯で体を清め、ドレスを着つけるが、マーガレットは不機嫌を撒き散らした。


「ちょっと、痛いわ!あなた、首よ!まともに髪をとかせる侍女はいないの?」


牢の中でろくに洗えなかった髪は激しくもつれ、何人もの侍女が苦戦していた。

匂い消しにローズオイルを大量に使ったため、髪はべったりとしている。


どうにか身だしなみを整え、客間へ向かうころには、マーガレットは疲労と怒りで限界に近かった。


「旦那様、お嬢様がお見えです」


執事の案内で部屋へ通され、そこにいた人物を見てマーガレットは息をのむ。


王兄、マーカス・アイゼン殿下。


「マーガレット、マーカス様にご挨拶を」


父の声に、マーガレットはハッとして、慌ててドレスの裾をつまむ。


「は、はい! マーカス殿下……お、お初にお目にかかります。マーガレット・マキュベリーでございます」


深々とカーテシーをする。

夜会にほとんど姿を見せない王兄に、正面から挨拶するのは初めてだ。


「よい、頭を上げてくれ」


恐る恐る顔を上げた瞬間、マーガレットは殿下の瞳に宿る光に、言いようのない寒気を覚えた。

整った顔立ち。陛下に似た気品。

しかし、その奥に潜む何かが、ぞわりと肌を撫でてくる。


「マーガレット嬢、あなたは悪くないというのに、牢に入れられていたとか? 無実の罪なのに、あんまりだ……! 可憐なあなたが、あんな劣悪な牢にいたなんて。美しいあなたには、あんな場所はまったく似合わない」


優しげな声音のはずなのに、その抑揚の端々が、冷たい指先で皮膚をなぞるように感じられる。

嘆いてくれているはずなのに……なぜか背筋が震えた。

自分の扱いを正してくれる味方のはずなのに、胸の奥が締めつけられるように息苦しい。


(……どうして? この方、私を庇ってくれているのに……)


理解できない感覚に、喉が乾く。

その様子を、マーカスは愉しむように眺めながら、一歩、また一歩と近づいてくる。


「マーガレット嬢。私はね……あなたをずっと気にかけていたのですよ」


マーガレットの心臓が跳ねる。


その言い方は、とても甘く、慈しむようでもあった。

だが同時に、獲物に影を落とす猛獣の気配が隠れていた。

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