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(何かしら……まさか……人?)
はっきりとは見えないが、人の足のようなものが少しだけ見える。
好奇心が湧き、目を細めて見ようとした。
「ヘーゼル、あの薬草を見てみろ」
「薬草?」
薬草と聞くと、どうしても興味がそちらに向く。
人のようなものから、すぐに意識は薬草へ移った。
「あそこに咲いている小さな花を見てみろ」
「小さな……?」
ベールが指す場所を目で追う。
「!!師匠!?あれは!」
「もう、お目にかかれないと思っていたが……あるところにはあるんだな……」
そこに咲く花は、リーリエと呼ばれる薬草だ。
古来から存在したものの、最近では幻の薬草とされ、絶滅したとも言われていた。
「師匠、ぜひ……も、持って帰りましょう……」
欲望全開で手を握りしめるヘーゼル。
すぐにでも飛びつきそうな彼女を前に、ベールは難しい顔をする。
「……いや、今はやめておこう。この付近に赤い花があるなら、魔物も多いはずだ。まずは赤い花を優先しよう」
「……はい……」
ヘーゼルが残念そうにリーリエを見つめている時、少し離れた場所にいるアクオスが小さく呟いた。
「酷いな」
「噛みちぎられていますね……」
カルビンも顔を歪める。
それの手には、赤い花らしきものが握られ、すでに朽ちていた。
ホークスがアクオスたちに合流する。
「……ああ、やはり人でしたか……この方は……マキュベリー侯爵家の執事、ラウではないでしょうか?」
「そうなのか?顔の半分、魔物にやられているが……」
「ええ、一、二日前に手配書が回ってきましたので……この風貌を覚えています」
「手配書?」
「サキレス様から重要人物だと……」
ラウだったものは、顔の半分を失い、片手と片足がもがれていた。
魔物にやられたらしい姿は、人形のように木の根元に無造作に放置されている。
「……そうか……手配書関連は騎士団の管轄だ。この件はホークスに任せていいか?」
「はい、こちらで引き受けます」
「……とりあえず、花のある場所へ急ごう」
「はい、承知しました」
ホークスは位置を再確認し、列に戻る。
アクオスも気を引き締め、ヘーゼルの元へ戻る。
「すみません、出発いたしましょう」
「……アクオス様?問題はありませんでしたか?」
「ええ、大丈夫です」
先頭にカルビンが合流すると、列はすぐに進み出した。
途中、小さな魔物が現れたが、前方のカルビンと後方のダンカンが難なく討伐する。
このぐらいなら、竜を呼ぶ必要もなさそうだ。
遙か上空に、二匹の竜の影が見える。
優雅に旋回しつつ、列の頭上を飛んでいる。
何かあれば、すぐに地上へ降りてくるのだろう。
ブラッドは単独でどこかにいるらしく、空には竜王の影は見えない。
「見えてきました。あちらです」
ホークスが道の先を指差す。
「すごい匂いだな……」
誰かがつぶやく。
赤い花は、情報通り十株前後の群生だが、鼻を覆いたくなるほど濃い匂いを放っている。
「よし、ヘーゼル。時間もない。早速始めるぞ」
「はい!」
ヘーゼルはまず、自分の鼻と口を布で覆う。
神経を刺激する匂いを出す花だ。注意しなければならない。
研究者たちも自前の布を、騎士たちにはヘーゼルが持参した布をつけてもらう。
「師匠、こちらを」
例の汁が入った瓶を差し出す。
より強力な薬を作るため、他の薬草とブレンドしたものも数十種類準備している。
この花が効率的に無効化されれば、花を植えた者たちの努力は無駄になり、作戦は失敗に終わるだろう。
花を抜いてしまえば話は早いが、その場合、こちらの動きがバレ、警戒されてしまう。
あちらに気づかれないために、景色を変えずに無効化するのが望ましい。
「おい、手伝え。せっかく連れてきたんだ」
「はいよー」
他の研究者たちも番号の書かれた瓶を片手に、花へ向かう。
「俺は3番を持っていくぞ」「俺は8番だ」と互いに報告し合い、効率よく作業を進める。
各自、汁を花に与え、様子を確認する。
ノートに記録を書き込む手は休むことなく動く。
普段なら異様な光景だが、魔の森という状況で、皆が真剣そのものだ。
騎士たちは周囲を警戒し、魔物の襲撃に備える。
ダミアンだけは竜に乗り、空から見張りを行っている。
「ベール、こっちに来てくれ。花が突然枯れた」
ベールが呼ばれた方へ歩く。
「やはり、七番はダメか……」
「おい、ベール、こっちは花が巨大化したぞ!」
「なんだって?!そんなはずは……ああ、それはダメだな……失敗か」
「こちらは、三百数えたあたりから色が白くなったぞ」
「くそっ、色が入らない!二番が一番期待していたのに……」
次々と実験は失敗していく。
そんな中、ヘーゼルの一番は今のところ五百まで数えても問題ない。
「六番は……残念だが、こちらもダメそうだ。花が落ちた」
ベールはため息をつくと、周りを見回す。
「あと残っているのは何番だ?」
「一番はまだ変化なしです」「三番も変化なし」「九番は香りが消えた」「十番は周囲の雑草が色を変えている。失敗かもしれんな」「五番も変化なしだ」
「一番、三番、五番か……」
ベールはノートを見て考える。
「結果が悪かった花は抜いて袋に入れろ」
「巨大化したやつも抜いていいか?」
「……ああ、そいつも袋に入れてくれ」
「ヘーゼル、一番はどうだ?」
「………定着したと思います……」
ヘーゼルが確認のため花に手を伸ばすと、突然体が後ろに引かれ、足元に剣が突き刺さる音が響いた。
アクオスがヘーゼルを抱き止め、鋭い視線を花へ向ける。
「え?……」
ヘーゼルがアクオスの顔を仰ぎ見、次にアクオスの視線を追うと、地面に先ほどまでいなかった魔物が剣先に貫かれ、痙攣している。
死に向かうその姿を目にして、ヘーゼルは思わず震えた。




