10
「いや、本当なんですよ!!!!なあ、ダミアン!」
「ええ、デルダさんが言っていることは本当です。本当にびっくりしました!」
竜騎士の宿舎にある食堂で、デルダは興奮した様子で捲し立てていた。夕食を囲む席には、竜騎士団副団長のイーライをはじめとする騎士たちが並んでいる。
「……まさか。そんなことがあるわけないだろう?私だって、そんな話は聞いたことがない。何かの見間違いじゃないのか?」
イーライはフォークを置き、少し鼻で笑うような表情で言った。
「いやいや、本当なんですってば!竜が、領主の娘に自分から近づいて行ったんですよ!?しかもですよ、ジルがその娘が差し出した草を、なんと手ずから食べたんです!」
だが、イーライは一向に取り合わない。デルダの話を、全く信じていなかった。
それも無理はない。
イーライは竜を誰よりも愛し、理解しようとしている男だ。副団長という肩書きよりも、『竜の研究者』としての名のほうが広まっているほどで、実際に多くの竜と接してきた経験を持つ。
団長を除けば、これほど多くの竜に近づけた者はいないとさえ言われている。
そんな彼からすれば、ぽっと出の令嬢に竜が自ら近づいて体を接触させただなんて、到底信じがたい話だった。
ましてや、警戒心の強い竜が人の手から何かを食べるなんて、今まで聞いたこともない。
パートナーの竜騎士の手から直接食事を摂ることすら、まずないのだ。
だからこそ、イーライはデルダの話を「面白くするための誇張だ」と決めつけていた。
「しかも、しかもですよ!?あの、摘んだそばから萎れる竜の草が、彼女のカゴの中では生き生きしてたんですよ!信じられます?あの草ですよ?イーライさんも知ってるでしょう、あれ。摘んだ瞬間からあっという間に枯れちゃうやつです!」
「まさか。それもデルダの見間違いなんじゃないか?そんなことあるはずがないだろう。あの草はものの数分で枯れて、人が摘んだ草を竜は絶対に食べない」
イーライはやっぱり信じない。
食堂にいた他の騎士たちも、食事をしながらデルダとイーライの会話に耳を傾け、頷いたり首を振ったりしている。
「ダミアン!イーライさんに言ってやってよ。全然、信じてくれないんだから!」
デルダが縋るように声を上げると、ダミアンも慌てて頷いた。
「皆さん、本当なんです!イーライさん、僕も確かに見ていました!」
必死なその言葉とは裏腹に、入団したばかりのダミアンの証言は、年長の騎士たちの心には今ひとつ届かなかった。
周囲の騎士たちは顔を見合わせ、どこか楽しげに笑うと、まるで年下の弟をからかうように、ダミアンの肩や頭をぽんぽんと叩く。
「見間違いだろう」
「そんあわけあるか」
そんな軽い調子の声が飛び、真剣な訴えは冗談めかして受け流されてしまった。
「そういえば……ダミアン、ジルの怪我は治ったのか?」
先ほどまで半ば馬鹿にしていたイーライだったが、ふと声のトーンを変えて、真剣な顔でダミアンに尋ねた。
「ええ!あの草すごいですね。食べて帰るころには、もう傷が塞がっていました」
「そうか。よかったな……もう、竜に怪我をさせないように気をつけなくちゃな」
「はい!気をつけます!」
その会話を最後に、デルダの話題は他の話に移っていった。
他の騎士たちも、それぞれに別の話題を口にし始める。
デルダは、納得がいかない顔をしながらも、これ以上ここで言っても信じてもらえないと悟って、黙り込んだ。
(イーライさんは、わかってくれないから……あとで団長に話そう)
そう考えながら、デルダが冷めかけた食事をかきこんだ時だった。
突然、外から聞こえてきた音に団員は全員そちらを見る。
カンッ、カンッ、カンッ……!
乾いた金属音が、何度も何度も鋭く空気を裂くように鳴り響いた。
竜騎士たちは一斉に手を止め、食堂の空気が瞬時に張り詰める。
全員が立ち上がり、次の瞬間にはみんな駆け出していた。
目指すのは、竜舎。
それは『魔物が出た』という緊急の合図だった。
魔物は、人の目が届かぬ《魔の森》で生まれる。
人のほうから森に入ることはまずないが、問題は向こうから現れるときだ。
魔物は、人間を襲い、喰らうために森から出てくる。
人間は魔物に太刀打ちできない。
だからこそ、竜騎士たちが真っ先に駆けつけ、戦うことになる。
竜騎士団の戦いが終わると、城の騎士団たちが現れ魔物の亡骸や『コア』と呼ばれる魔物の核の回収を行う。
騎士団は、小さな魔物の討伐などを行うこともたまにあるが、正面から魔物と対峙することはほとんどない。
この国では、「騎士団」と「竜騎士団」は明確に役割を分けており、互いの領域を侵すことなく、それぞれが自分たちの務めを全うしている。
城の守護と王都の治安を担う騎士団に対し、竜騎士団は竜と共に空を駆け、国境付近や各地に出没する魔物の討伐を一手に担っているのだ。




